君に巡る季節
「ようやく春になりましたね」
蕾桜を見に日本の家を訪れた日から、一ヶ月後。
イギリスは、満開の桜を見に、再び日本の家を訪れた。
「何度見ても、絶景だな。日本の桜は」
薄紅色の花を枝一杯に咲かせて、風に揺られ花吹雪が舞う。
太くたくましい幹は変わらないのに、頭上を飾る彩りのせいで、前に見た時よりもずっと華やかに見えるから不思議だ。
「あんなに存在感のある木なのに、花が咲くと、逆に儚そうに見えるんだな」
「えぇ。でも、桜はずっと、桜です。満開の華やかさも、葉桜になっていく時の少しの寂しさも、すべてを含めて、桜は桜なんですよね」
風に舞う花びらの中、日本は、手のひらを天に向けて、散る花びらをそっと集めた。
「前に言っていた、移り行く楽しさってやつか?」
「はい。……花は不思議ですね。満開の桜と夏の葉桜では、全然様相が違う。それでも、それを別の名前で呼ぶものはいない。また季節が巡り行き、訪れる春には、また同じように、しかし去年とはまったく別の花たちが咲いていく…。姿形は変わったように見えても、本質は変わらない。植物も、人も、私たち国も、同じなのかもしれません」
淡く微笑む日本に、イギリスは思いを重ねる。
時の流れの中で移ろいでいくもの。変わり行くもの、変わらないもの。それは、自分たち国も、人も、同じ。
「だから、私は、巡り行く季節が好きなんですよ」
桜の精のように、日本が笑う。
イギリスは、その姿の愛しさに、胸が締め付けられた。
変化していくものを受けとめ、それを変わらず愛する。だから、自分はこんなにも日本に惹かれるのかもしれない。
「日本……」
名前を呼ぼうと呟いた声が、ざぁっ、と風にさらわれた。
手を伸ばそうとしたのに、日本の姿は、目に見える位置よりもずっと遠くにあると気づく。
「……私たち国は、長い歴史の中で、移ろいで行き、変わり行くものです。時には、激しい変化にその身をゆだねなくてはならない時もあるし、そうした変化を越えて、今があるのかもしれません」
語りながら伏せた瞳は、何を思い浮かべているのだろう。
越えてきた幾つもの夜を思う。共に手を取り合ったあの星空の夜から、もうどれだけの月日がたち、自分たちは今ここで桜を見ているのだろうか。
「それでも、本質は、変わらない。どれだけ歴史が移ろいでも、私は私だし、イギリスさんはイギリスさんです」
この微笑みは、しなやかに強く生きてきたものの微笑みなのだろう。
桜吹雪が舞う。日本の姿が、一瞬霞のようにぼやけた。
淡く煙る春の風の中に、目をこらすと、確かに日本はそこにいた。
「これから先、どんなイギリスさんを見つめ続け、知っていこうとも」
照れたように笑う。薄紅色に染まる頬は桜のようだ。
「私は、あなたが好きですよ」
「…日本」
今度こそ、強く名前を呼ぶ。手を伸ばして歩みを進め、笑う日本の手を取る。風が桜の木を揺らし、花びらが頬をかすめた。
見つめあった瞳が、いたずらに笑う。
「……惚れた弱みにも、困ったもんだよな」
イギリスは、薄紅色に染まった日本の頬に手を添えて、霞み立つその身をしっかりと抱きしめた。
移ろう時の中で、もう二度と見失ってしまわないように。
つないだその手を離さないように。
君に巡る季節をまた、二人で迎えられるように。
END