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あとのまつり

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その歌はなんとも日向を不思議な気持ちにさせる。生前はこんな歌を聴いても何も思わなかったのだが。可愛らしい声が力強く伸びて構内中に響かせるその歌は愛の歌だ。若い娘の恋心を歌い上げたものだ。野球部だった日向はどちらかというとそんな歌を聴く同級生の娘を馬鹿にしているような男だったはずなのだが、どうしてだろう今の日向ときたらそんな歌を歌う娘に恋慕してしまっているのだ。
別に歌を歌っているから彼女が好きなわけじゃないから気にする必要などないといえばそうなのだがどことなくおかしな気分だった。近くの教室でユイは今歌っている真っ只中なのだろう。前ふと聞きにいった時馬鹿にしにきやがったのかこの野郎と癇癪を起こした彼女と喧嘩をして以来日向はひさ子によって練習をしている教室どころかライブ中の会場にすら出入りを禁じられてしまった(理不尽な話だ!)。
その話を聞き付けた音無が馬鹿にしたように痴話喧嘩か、と言ってきたからむかっ腹が立ってお前は天使とゆりっぺとちんちんかもかもしてるもんな痴話喧嘩とは無縁だよな!と言ってやったら顔を真っ赤にして黙り込んでいた。初な奴だ。いや、人を笑う程自分が何かしらしているわけでは全くないが。
(ユイに告白もできてない奴が笑わせる)
好きなのになあ、と思う。でもなんだか照れ臭いし勿体無い。まだまだ時間はあるのにと思ってしまう。岩沢は消えた。いつ誰がそうなったっておかしかない。日向だってユイだっていつ消えてもおかしくないのだ。でもユイの様子を見ても自分を考えてみてもまだまだ大丈夫な気がして尻ごんでしまう。情けないな、と笑う。
どうにもあんな可愛らしい娘には慣れていない。生前野球部にマネージャーはいたがキャプテンと付き合っていたし性格がきっちりし過ぎていて自分とは合わなかった。ゆりのことは可愛いと思うが彼女はリーダーで、皆の母親みたいなものだ。自分が何か彼女のバランスを崩してはいけないと思う。遊佐は最初積極的に話し掛けたのだが全部無視されそれは日向の重い心の傷になっていた。(ださい) 危うく思い出しそうになったので急いで記憶の蓋をしめる。椎名のことはどうにもよくわからないし、うん、やっぱり、
「ひなっち先輩!」
がしりと首に腕が回る。細い腕だがこもった力は存外強い。先程からどこかから聞こえていた歌が止んでいたのには気づいていた。顔の間近に寄った体からはほのかに汗の香りがして、ついでに背中に押し付けられた薄くて柔らかいナニにも当然気づいていはするが、そこは紳士らしく無視だ。下手なことを言ったら翌日から日向は戦線に所属する女子から総スカンを喰らうことは間違いない。
回された腕が更に力を増して首を絞めようとするから日向は落ち着いて背後に腕を回しその小柄な体をわし掴む。強引に体の前に引き寄せ押さえ込んでやった。相手は手加減などまるでしてはいないがこちとら年上の男子だ、紳士らしくなるべく手加減はしてやるのである。そもそも女子にプロレス技をかけること自体がどうかと思わないでもないがそこは敢えて思考停止だ。お互いその辺りは気にしないのが暗黙の了解なのである(と、日向は思っている)。
腕を押さえ込んでいたらいつも通りじたばた動いて拘束を逃れんとしてきたが、なんだか今日は肩を痛めたりしない程度に応対するのも面倒だったから、一瞬放して逃げる隙は与えずに体ごとぎゅうと腕を回して縛り付けてやった。余計に暴れ出したが気にせず抑えておく。こういう時体格差が活きるってもんだ、と少し自慢げに考えた。
「変態!変態野郎!」
「誰が変態か!俺は紳士だ!むしろ俺くらいの紳士がどこにいる!」
ユイがあんまり名誉毀損なことを騒ぎ立てるから日向は普通に憤慨した。いや、確かにこの体勢は多少どうかと思う。全力で腰に腕が回っているし、あるかないかの胸などはしっかり日向の胸板に押し付けられているし、ユイが暴れる分足など絡み合っているかのようだが、否否下心などないしこんなのは日頃のプロレスごっこでも日常茶飯事であるだろう。
と。訴えてやらんとしたところで。
「おらぁ!」
大変にいいパンチが日向の腹を襲う。完全に失念していた日向にとってそれは少なからずのダメージである。腕を引く余地も振りかぶる余地もないはずだったそのパンチはたまらず腕を放し腹を抑えて踞らせる程の凶悪さを持っていた。
「おまえ、これは、ふいうちな」
「不意打ちもクソもあるかぁー!」
踞る日向を気遣うこともなくむしろ遠慮なくユイはその背中や肩をげしげしと蹴り続ける。先輩にいい度胸じゃねぇかと思い反撃しようと顔を上げれば視界には下着が飛び込んできたものだからたまらずまた顔を伏せる。それで勝利を確信したらしいユイは満足して足を下ろした。下着を見たことをばらせばまた戦況は変わってくるだろうが口にはしない。あくまでも紳士なのだ。
(あーあ、色気ねぇの。)
のろのろと立ち上がりようやくそこでユイの顔を見た。いつも通り可愛らしく頭の悪そうな顔をしている。練習の直後に暴れたからか顔は血色がよく少々上気していた。
「で、お前何」
なるたけ素っ気なく喋ってしまうのは先程下着を見て気まずいからだ。最近流行りのツンデレとかでは決してない。
うん、多分。
「ほぇ?」
聞かれて始めてものを考えたのか(まったくアホだ)首をこてんと傾げて不思議そうな顔をした。
なんとも頭の悪そうな動作だ。女の子女の子した外形も相まって、さっき力強く歌っていた娘と同一人物とはとてもじゃないが思えない。こんな奴に一喜一憂したり歌を聴いてうんうん唸っていた自分がなんとも情けなく思えた。
「ひなっち先輩を見たから虐殺しにきただけですよ?」
「想像以上に酷い答えだと!?」
「先輩覚悟ぉ!」
「いきなり飛び掛かってくんな!」
やかましいわ、と頭を叩いて押し留める。リーチがまるで違うというのに頭を押さえられたまま腕を振り回している姿などアホらしすぎてこちらの力が抜けてくる。
「うー!」
「ぎゃー!噛んだこいつ噛んだ!」
(まったく可愛らしいのにこれだから、)
適当にあしらいながら勿体無いのと心の中で思う。惚れた弱みという奴だ。音無を笑ってはいられない。彼は確かユイのことをどう思ってるんだと一度でなく聞いてきた。どうも思ってねぇよとその度笑いながら返すのだが本心などはばれていることだろう。
その日も日向はユイに結局何も言えない。好きな子に何も言えない。抱き締めた感慨もなく、下着を見た感慨もなく、ただ漫然と日々を享受して、そして。
作品名:あとのまつり 作家名:はつえ