結婚しようよ
そして決心した。確かに、大変そう。それに苦しい思いをするかもしれない。
でもそれよりもずっと、おもしろそうじゃないか。きっと、たぶん。
「ペン取ってください」
臨也が驚いたのが気配でわかった。断られると思ったのだろうか。情報屋のくせにどうして不安に思うんだろう。帝人の行動パターンなど知り尽くしているはずなのに。帝人は顔を上げると手のひらを差し出した。
「そこにある、黒いのでいいです」
臨也は黙ってペンをとり、渡した。
握っていたせいで、少ししわになってしまった紙を伸ばして机に置く。そういえばこれはある種の契約書だなと帝人は思った。なんだか死刑宣告書にサインしてる気分だ。だが同時に、期待もしている自分を発見した。
しばらくの間、黙って見つめていた臨也は、ふっと小さく笑って、両手で頬杖をつき、ペンを走らせる帝人の手元を遠慮なくじろじろと観察し始めた。
「いいのかな、そんなに簡単に決めちゃって」
「悩むと思ってたんですか?」
下を向いているせいで帝人の声はわずかにくぐもって聞こえる。
「さあ、どうだろう」
「別に、ダメだったら離婚すればいいだけですから」
一呼吸後、臨也は大きな声で笑った。
「俺は帝人君のそういうところ大好きだよ」
あっさりといわれた言葉に、帝人は思わず頬が熱くなった。臨也はきっと楽しんでいるに違いない。思わず握っていたペンに力が入る。こういう遠回りな表現をするところが腹立たしい。
「笑うところじゃないと思いますけど・・・ええと、これでいいですか」
「うん、いいよ、大丈夫。あと帝人君、未成年だから両親の同意もいるんだよね。ああ、一度ご挨拶に行ったほうがいいのかな」
「それはまぁ、どうにかします」
やや不安だが、どうにかするしかないだろう。とりあえず臨也が口を開かなければ切り抜けられそうな気がする。
「証人は、新羅とドタチンでいい?」
はい、と帝人は素直にうなずいた。なんて言われるだろうと思いながら。じゃあとりあえず新羅のとこに行こうと臨也は立ち上がった。
「えー、朝ごはん・・・」
「まだ食べてないの?いいよ奢ってあげる。記念に。結婚記念だよ、すばらしい響きだね」
「結婚記念が朝ごはんですか」
「朝マックとかしちゃう?」
マックかよ、と顔をしかめた帝人に、彼は冗談だよと全く悪びれずに笑った。
臨也は実に楽しそうに、騎士よろしく優雅に帝人のためにドアを開けた。
「臨也さん」
ドアをくぐるところで、帝人はちらっと臨也を見上げて、彼の手に鍵を押し付けた。
どうしても一応、言っておかなくてはと思ったのだ。
「僕も臨也さんのこと好きです」
そのあと、帝人はさっさと一人階段を降りていったので、彼がどういう顔をしたのかは、知らない。
でも、臨也が追いついてくるまではしばらくの時間を要した。