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『優しさ』の作り方

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『優しさ』の作り方


「兄さんは、ちゃんと手入れをしないから、こんなに手が荒れるんだ。」
文句を言いながらも、その手は優しい。
決して柔らかさはない。それなのに今、ギルベルトの手に触れる指先は滑らかだ。
懐かしい匂いのするクリームを、荒れて赤くなった甲に塗ってくれる。
肌の手入れなどしたこともない。あかぎれなんて冬は当たり前だ。そう思っていた。だが、こうしてルートヴィヒに触れられると、今まで意識もしていなかったひりひりとした痛みが引いて行くのが分かる。
「兄さんの手は相変わらず冷たいな…」
何処か懐かしそうな響きで呟くと、クリームを塗り込み、今は柔らかくなったギルベルトの掌を、そっと掌に包んだ。
冷たい指先。それも当たり前のこと。
だが、それがじんわりとルートヴィヒの掌の中で暖まっていく。
優しく、温かい掌。
今はもう、ギルベルトより大きな掌。
昔は指先を握るのもやっとだった小さな掌が、今は自分の手を包み温めてくれる。
いつの間にか、ひりひりとした痛みも指先の痺れる様な冷たさも消えていた。『魔法だな』と心の中だけで呟く。
そして、その魔法の存在を教えた、古い、もう顔さえ覚えていない人の言葉を想いだした。
それは愛情だそうだ。母親が子に与える。父親が子に教える。そんな魔法だそうだ。
国という特殊な存在ゆえ、母親の温もりや優しさなど知らない。『親父』と呼んだ人はいたが、それも存在ではなく、愛称の様な物だった。彼はどちらかと言うと友と言える存在だ。
だから、ギルベルトは愛情という物がどんな物か知らない。類似するものさえギルベルトにはなかった。ただ戦うだけの日々の中にいた。
だが、人々が話す温かさや優しさとは、このことではないのだろうかと思う。
このルートヴィヒの温かさこそ、親が子へと伝える様な愛情の産物なのではないかと思えた。
誰が教えたのか。
ギルベルトが知り得ない物を、誰がこの弟に教えたのだろう。
仏頂面、だが頬を薄く染めて、ギルベルトの掌を温めるルートヴィヒ。不機嫌そうに見せるのは照れ隠しだ。そんな心の機微は分かる。
だが、その優しさを誰から学んだのか。それは分からない。
俯けた宝石みたいな瞳を、不思議な物のように見つめた。


「どうよ!この美しい俺様の指先っ!!?」
どーん!と見せつけられた、どうということもない指に見向きもしないで、ローデリヒはカップを口元に運んだ。
「スゲーツルッツル!ヴェストが毎日手入れしてくれるんだぜ!爪だって切ってくれちゃって!」
カップを静かにソーサに戻すと、ローデリヒは深く溜め息をついた。
「朝早く押し掛けて来て、何事かと思えばそんな事を態々言いにきたのですか、このお馬鹿さん」
だが、ギルベルトはキレイにその嫌味を聞き流して話し続ける。
「しかもさ~手が冷たいからって、ギューってしてあっためてくれるんだぜ!俺様、ちょー愛されてね!?」
「人の話を聞きなさい!」
相次ぐ抗議もなんのその、ギルベルトの弟自慢は途切れない。
「ちょっと怒ったフリなんかしちゃってさ!照れてやんの!?可愛いんだからよ!これなら、夜も寒いとか言ったら一緒に寝てくれるよな~」
何処か遠くを見るように呟かれた言葉に、ローデリヒの秀麗な眉が寄った。何を言っても無駄なのだが、ローデリヒも言わないでいることは出来ない性分だ。
「貴方が兄という立場上保護者であるべきなのに、弟であるルートヴィヒに面倒見られていて恥ずかしくないのですか。まったく、あの子の優しさに甘て。いくらルートヴィヒが、あそこまで大きくなったのが貴方のお陰と言っても、貴方も大人なんですから少しは自重―」
「そう!ルートヴィヒは優さしんだよな~!!」
「だから人の話を聞きなさいと…」言葉を遮られた上に、まったく人の話を聞いていない相手に眉を顰め、その姿を座ったまま睨み上げた。
そして、初めてギルベルトの言葉程には浮かれていない表情に気がついた。
「優しいんだよ…アイツって…」
そう呟きながら、窓の外に目を向けている。だが、その目にはキレイに手入れの行き届いた庭など映っているようには見えなかった。
「ギルベルト?」
怪訝に呼びかけると、ギルベルトは深く一つ溜め息をつき、許しも得ずにどかりとソファに体を投げ出した。
「…誰なんだ?」
ギルベルトはさっきまでの陽気さが嘘のように、静かな声を発した。ローデリヒには、突然の質問の意味は分からなかったが、普段騒がしいギルベルトの変り様に茶化すことはなく「何がです?」と返した。
ギルベルトは両膝に乗せた腕を組み、その下に顔を隠すようにして俯いた。
「ヴェストは優しさを知ってる。それはお前が教えたものなのか?」
ローデリヒが黙っているとギルベルトは続けた。
「俺はあいつに戦う以外のことを、何一つ教えてやらなかった。読み書き一つだ。俺が戦場に出て、戻って来る度に、あいつは一つ一つ何かを覚えていってデカくなっていった。俺が知らないところでだ。俺は結局、ずっとあいつの側にいたわけではないし、あいつを育てたと言うわけでもない。どっちかって言やぁ『放ったらかし』だったろ。俺はあいつに何もしてやってねぇ…」
そこまで言うと、顔を上げ、ローデリヒをまっすぐに見た。
「俺はあいつの優しさに触れる資格はあるのか?」
ローデリヒは一瞬言葉を失った。
数度瞬きをする間、ギルベルトとまともに顔を突き合わせ、その何処か苦悩したように見える顔が崩れることがないのを見て、やっと彼が本気で言ってるのだと理解した。
そして、盛大に溜め息をついた。
呆れた。本気でそんなことで悩んでいるとは。
ギルベルトは、そんな対応が返るとは予想外だったらしく「なんだよ!人が珍しく真剣に話してんのによ!」と声を荒げた。
「一応、自覚はあるのですね…。そうですね、まったく珍しい。貴方らしくない事をしようとするから、見当違いな事になるんですよ…」
「なんだとぅ!?…って、見当違いってなんだよ?」
立ち上がりかけて、勢いをなくした中途半端な姿勢でギルベルトは方眉を跳ね上げローデリヒを見た。
「そうです!ルートヴィヒはどうして貴方の元なんかで育てられたのに、あんなにいい子に育ったのか不思議でなりません!」
「何だとこのお坊ちゃんっ?!」
ギルベルトの鼻先にローデリヒの指先が突きつけられた。
「ですが!貴方の元でしか彼はあのように育たなかったでしょう。貴方にしかあの子を、あんな優しい子にできなかったんですよ!」
ローデリヒは知っていた。ギルベルトがいない間のルートヴィヒのことを。きっと、ギルベルトとローデリヒ、どちらが幼いルートヴィヒと過ごした時間が長いかと言えば、ローデリヒかもしれない。ギルベルトはほとんど城を空け、戦場にいたからだ。逆にローデリヒは同じ城ではなくとも、戦場より、はるかにルートヴィヒの身近にいた。
書物を与え、時には読み書きを教え、音楽や料理さえ教えた。
だが、ルートヴィヒが『兄』と心に決めたのはギルベルトだったのだ。
ギルベルトは、ルートヴィヒの持っている『優しさ』は自分の与えた物ではないと言う。
作品名:『優しさ』の作り方 作家名:秋緒流々