innocent world
innocent world
高杉の家。秋。部屋は乱雑に散らかっており、旅支度の態。
高杉は新聞を読んでいる。新聞をいきなり破り捨ていらいらと立ち上がり
細長い手を顎に充てつつ所在なく歩き回っている。
散らばった新聞を忌々しそうに舌打ちながら一部を拾い上げる。
第 壱 場 ( 高 杉 )
……… 畜生!!無駄になっちまったぜ…。今までの苦労がよォ。
てめェを手に入れるため、ここまで尽くしてきた苦労が無駄になっちまった。
コイツのせいで!!
…きっと、この記事を読んだアイツはやってくるに違いない。
てめェをずっと放っておいたくせに!
くそッ!!ブッ殺してェェェ!(さらに新聞をびりびりと破く)
……… 今更 てめェを手離す気は無ェぜ。
ようやく、やっとの思いでここまできたんだからなァ…。
てめェを手に入れるためならどんなことだって、やってやる。
この 世界を ぶっ壊してでも!!
高杉は隻眼をキラリと閃かせ、くっ、と口角をあげて笑みを浮かべると破った新聞の記事を読みだした。
「…何某駅では、照る日も降る日も美しきもの狂い人の姿が見られる。駅から下りる男ごとに、彼のひとは顔をのぞいてためし、又失望してベンチに腰掛ける。
記者の質問に答えて言うには、これは班女の扇であると。あるところで知り合った男が、又会うしるしに扇を交換したとのこと。今、彼の人の抱えているのは、雪景色を描いた男の扇、不実な男が持っているのは、梅の花を描いた彼の人の扇。
男は交換した後、何年も現れることはなく……。駅員の話では、彼の人は先の攘夷活動の功労者である高杉氏宅に同居しているという」……ふん、高杉氏宅に同居している…か。
…まったく、おせっかいもいいところだぜ!くそっ!攘夷活動の後、真選組が解散となったところでてめぇをやっと手にいれ、ひっそりと形(なり)をひそめてたってのによォ…。
こんな記事載っけられちゃぁ、アイツが此処へ来るのも時間の問題だな…。
この隠れ家ともおさらばするしかあるめぇ…。
アイツをてめェに会わせちまったら………。
もう、てめェは俺の元を去っちまうのか?
いや、ぜってぇそんなことはさせねェ!
アイツをブッ殺してでもなァ…!!
てめェを苦しめることになるから、アイツは殺さずに放っておいたんだがなァ…。
くつり、と昏い笑みを浮かべ、高杉は手に力を込めた。
第 弐 場 ( 土方 ・ 高杉 )
高杉 (冷静を装って)おかえり、十四郎。(土方の方へ寄り包み込むように抱く)
土方 (極めて美しいが、すこし汚れた女物の着物を着ている。雪景色を描いた扇を広げたまま、胸に抱えている。髪は長く伸ばし後ろで結わいている)…ここ、開けておいてもいいかな。もし近藤さんが来たときに、すぐ入って来られるように…。
高杉 あぁ、そうだな。だが、これから冬になったら…。
土方 そう…だな……。(大きな蒼く澄んだ瞳が儚げに揺れる)
高杉 (さらにきつく土方を抱きしめ)大丈夫だ。いつかきっとてめェの大事な近藤は迎えにくる。
だから、そんな顔、すんな。
土方 今日も、駅で近藤さんを待ってた。電車から下りてくる奴の顔を見てた。みんな違っていた。俺は、近藤さん以外の奴の顔は、誰も生きてるように見えねぇ。世界中のどいつの顔も死んでるようにみえる。みんな髑髏(されこうべ)なんだ。
駅からカバンを下げて、頭蓋骨だけの人が大勢下りてきた。俺ァもう、疲れた。俺ァ今日も一日待っちまったんだなァ…。
高杉 俺ァものを待ったことなんぞ、一度もねェよ。
土方 あんたはそれでいいんだ。あんたは待ったりしなくても、いい。だが、世の中には、待たなくちゃなんねぇやつもいる。俺ァもう、真選組が解散され、すべてなくなっちまって待つことしかなくなっちまった…。近藤さんが別れ際「トシ、必ずいつかまた道場を再興する。そうしたら迎えにくるからな!それまで待っててな!」っつう言葉を残して俺の前を去った。ずっと待っている間、俺が呆けていたところを晋助、てめぇに拾われたんだなァ。真選組がなくなっちまって、やることなくなって。それ以来、もう近藤さんを待つことしか、俺の中には残ってねぇんだ。なにも、残っちゃいねぇ…。俺ァ、もう、待つことしかできねぇ!あの戸のように近藤さんのために戸口を開いて待つことしか…。
高杉 だが、だからこそ、てめェはきれいだ。俺ァいろんな奴を見てきたが、十四郎、てめェほど美しい奴ァ見たことねぇ。もちろん女でもなァ。これから先も、世の中にてめェ以上なやつが現れるとは思えねェ。世間のやつァみんな誰も彼も戸を開けすぎだ。誰にでもいい顔して安易に受け容れて。それで却って大切なモン、見失っちまうんだ。
てめェは大事なモン、ひとつを大切にしてる。それでいい。それだけで、いいんだ。てめェも、俺も。
土方 (きいていない)俺ァ、今日も一人ずっとベンチに腰掛けてた。あのベンチ、硬すぎていけねぇや。近藤さんが来たら俺ァすっと立ち上がるんだ。
そうしたらきっと、近藤さんは手をあげて「よぉ、トシ、元気だったか?」って大きな声で言うなりニカッと笑って、ポンポンと俺の肩を叩いてくれるんだ。
高杉 俺ァ、てめェの何もかもが好きだ。てめェみてェにまっすぐで純粋で美しい奴ァ見たことねェ!
てめェのその蒼く澄んだ瞳も、白くて透き通るような肌も、ちょっとゴツゴツした刀蛸のある手も豊かな黒髪も。何もかもだ。てめェは待っていたおかげでさらに世の中の美しいモンがてめェん中にみんな入っちまったんだ。(土方の両頬を手で挟み口づけする)
土方 な、なんだ?急に?
高杉 (土方の頬を手で挟んだまま)
なァ、十四郎、これから旅しねぇか?
土方 …ッ、な、なんでだ?急に…。
高杉 近藤を捜しに行くってのはどうだ?こうして待っていても仕方がねぇからよォ、コッチから出向いていってやるんだ。
俺だって近藤を見つけられるよう、力貸すぜェ。
土方 …!ダメだ、ダメだ!
高杉 何でだ?こっちから捜しに行ったほうが会えるかもしれないぜ?
土方 だって何か逃げるようだ。今までずっと待ってたのに。
高杉 (ギクリとしつつ)逃げる、だとォ?
土方 晋助は待ったことがねぇからだ。待たない奴ァ逃げるんだ。俺ァここで待ってる。それにもし、あの町…歌舞伎町にでもずっといたら、あの人は又あの町へ来てくれたかもしれなかった。それを晋助がここへ連れてきて……、(床上の散らばった新聞紙の紙片を見つけ)これ、なんだ?
高杉 (青ざめつつ)な、なんでもねェ。
土方 雪、みてぇだな。汚れちまった雪…。(紙片を拾いあつめ空にパっと放つ)ほら、雪だ。…だから、雪なんぞ降っちまったんだから、冬だ。
もう、旅に行かなくてもいいんだ。秋から旅に出て冬だから帰ってきたっつぅことで、終いだ。
高杉 ダメだ。旅に出るぜェ。今夜発つ。
土方 いやだ。俺ァもうここを一生動く気はねェ。行くならてめェ一人で行って来い。
高杉 むこうだって動かないで待っていたらどうするんだ?
土方 晋助は近藤さんを知らねぇからそんなことが言えるんだ。
高杉 てめェがいなけりゃ、捜せねェじゃねェか。
作品名:innocent world 作家名:森永 マミィ