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パーフェクトノイズ

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ドクンドクン。全身が心臓になったみたいだ。帝人君をシャットダウンしなくては。完全なノイズの中に身を滑り込ませて、帝人君が言おうとする言葉を避ける。そうでなければ、俺は。
もう、戻れない。
俺の世界が彼一人に埋められるというのは、怖いことだ。とても怖いことだ。それなのに帝人君は、それをやってのけるのだ。
はじめ、彼に割り当てたメモリ領域は、俺の中ではごく些細なものだった。巨大な人間への愛の、その中の一角、そんなに多くを割り当てることはできない、だって俺は人間すべてを愛しているから。
それなのに帝人君は、知らない間に俺のメモリを壊して、侵略して、いつの間にか空いていた他のスペースを侵食し始めた。俺は必死で抵抗した。彼の言葉を聞かないように、これ以上彼に侵略されないように、壁を組み立てて閉じこもった。それなのに帝人君は、気づけばありとあらゆる隙間に入り込んで俺の体と心のすべてに浸透し、いつの間にか空っぽに空いていた隙間を全部埋めてしまった。あとほんの少し帝人君が力を込めてしまったら。あとほんの少し俺が力を緩めてしまったら。
俺は帝人君を認めてしまう。俺の全身全霊に染み込んだ帝人くんを、認めてしまうのだ。
そんなのは怖い、そんなのは、理不尽だ。あまりにも。
彼のこの、圧倒的な破壊活動に比べたら、今までの音声の断絶なんて、些細なものだった。彼の存在のすべてが俺に巻き起こすノイズに比べたら、本当にごくごく些細なものだったのだ。とるに足らないものだったのだ。
最近、ここ2ヶ月ほど、いや、きっとその存在を知ったその時から、俺の耳は特におかしい。竜ヶ峰帝人に関するあらゆる情報に過敏に反応するくせに、それ知ろうとするほどにノイズが渦を巻く。すべての心音が防壁のように世界を形成するとき、その中心には必ず彼が居た。
竜ヶ峰帝人が。
ある時には微笑んで、ある時には困ったように眉を寄せて、そしてまたある時にはただ透明な瞳で俺を見据えて。彼の存在そのものが、俺の今まで積みあげてきた価値のある世界を根こそぎ突き崩して掻っ攫っていくのだ。だから、俺は。
「・・・っ!」
突然、帝人君が俺の手を耳から引き剥がしにかかった。
こんな強硬手段に出られるだなんて思っていなかった俺は、びくりと肩を震わせて目を見開く。
完全なるノイズの世界という防護壁を失った俺は、至近距離で顔をあわせてくる帝人君の目から、目を離せない。この目には勝てない。俺は、だから、見たくなかった。
帝人君は、その両手で、俺の代わりに俺の耳に手を触れた。
息を飲む。
自分のものではない体温が、ゆっくりと、俺の耳をなぞってすべての感覚をさらう。今俺の全部の神経が、帝人君の指先に向かっていることを自覚する。怖い、怖い、この子は俺を包んでしまう、この子は俺には染まらない。この子は、俺の中の何かを壊す。そして俺の中に何か、得体のしれないものを生む。
息ができない。
怖い。


「臨也さん」


耳に注ぎこむように、帝人君の声が。
俺の防衛本能を突き崩して。


「逃がしませんよ」


笑う。ゆっくりと。目の前で。
この顔はどういう顔だ。肩が大げさに跳ねて、体が震えた。
この数ヶ月、帝人君との会話は常に誤魔化しと詭弁と予測の勝負だったと言っても過言ではない。だから、こんなにも長い間、積極的に関わってきたというのに、そのノイズのせいで俺は、帝人君の情報をほとんど蓄積できないままでいた。
どういうときに、どんな顔をするのか。
どんなことを、どんな声で言うのか。
圧倒的にデータが足りない。だって仕方が無いだろう、最初から彼と戦うつもりなんかなかった。彼に怯える俺は、最初から彼から逃げおおせるつもりで、そのために必要じゃない情報は無理をしてまで集めはしなかったのだ。
この笑顔は、どっちだ。
俺をいたわる笑顔なのか。俺を壊す笑顔なのか。それとも。
俺はわからなくて震える。あれほどうるさかったノイズが凪ぐ。もどってこい、もどってこい心音。止めを刺されてしまう。聞いてはいけない。これ以上彼の睦言を・・・聞いたら、俺は。


「臨也さん」


噛み締めるように帝人君が呼ぶ。俺の態度で、聞こえていると分かっているようだった。
俺は失敗したと、聞こえない振りをするんだったと思いながらも、魅入られたように彼の唇から目を離せない。ふさいでしまいたい、呪詛を吐き出す彼の唇を。今からでも遅くはないだろうか、噛み付いたら、彼は逃がしてくれるだろうか。ああでも、噛み付いてしまったらそれこそ、自分で退路を絶ってしまう。彼の華奢な体の隅々までに、触れたくなって、しまうのではないか。



「あなたを逃がしません。・・・あなたが好きだから」



帝人君の言葉が心臓を刺す。
ああ、もう、だめだ。
俺の心臓は殺された。帝人君に壊された。もうあのノイズの壁で、俺を守ってくれることはない。心臓を取られたら、俺の命は帝人君のものだ。世界が帝人君に染まる。俺を侵食して突き崩して根こそぎ掻っ攫っていく。捕まってしまった。逃げられなかった。最初から、こうなったら終わりだと分かっていたのに。
せめてと最後に噛み付いた唇の、その端を上げて帝人君が笑う。さっきと同じ笑顔。脳裏に焼きつく笑顔。俺の心音を殺した笑顔。
そうか、この笑顔が。
これが。



満足、の顔なのか。


作品名:パーフェクトノイズ 作家名:夏野