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隠せぬ鏡面

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「私……前からキョウジさんのことが好きだったの……」

 弟の幼馴染みで、昔から面倒を見ていた少女が17歳になった日、その言葉は告げられた。
 少女の名はレイン・ミカムラ。彼女と自分の父とは研究者仲間であり親友同士ということで、居を隣に構え家族ぐるみのつきあいを長い間、行なってきた。キョウジと八つ年の離れた弟ドモンともども、キョウジはレインを可愛がってきたつもりだ。レインも、キョウジを「お兄ちゃん」と呼び、まるで実の兄妹のように感じられた。
 だがそれも、レインが幼いころまでの話である。彼女もいつまでも子どもではない。年頃になれば異性を気にもするだろう。ドモンが七年前に修行に出た今、レインと最も近しいところにいる異性は、キョウジ・カッシュただひとりだ。「兄」ではなく「男」として見るようになっても、なんら不思議ではない。
 それはキョウジにもそのまま当てはめることができた。年を重ねるにつれ美しく女らしくなっていくレインに惹かれなかった、といえば嘘になる。
 何より、それ以上にキョウジが気にしていたのは……。

 くっと笑って、キョウジはわざとおどけてみせる。
「俺みたいなおじさんでもいいのかい?」
「からかわないで。私、本気なのよ」
「……ああ、わかってる」
「じゃあ……キョウジさんは、私のこと、どう思ってる? ……単なる妹?」
 レインの海底のような瞳をじっと見る。彼女の海が、波を立てた。
「時間、くれないか……。明日、ここでまた返事するから」
「キョウジさん!」
 レインの叫びを背に受け、キョウジはその場を走り去った。

 いつの頃からであろうか。レインをひとりの女性として見るようになったのは。
 幼い彼女が自分の家に泊まりに来たときは、あやして寝かしつけてやった。いっしょに遊びもした。そんなときのレインはとても愛らしい表情をしたものだ。
 やがて彼女も学校に通うようになり、「兄」として心配だった。――いや、もう、そのころから少しずつ「兄」ではなくなっていたのかもしれない。中学を卒業するに当たって、袴を着ていた姿はキョウジの想像以上に美しく、言葉が出なかった。ただ純粋に、きれいだと思った。レインは昔のような泣き虫な女の子ではなく、大人へと歩みを進めた女性なのだと、キョウジが悟った瞬間であった。
 だが、自分は成人した大人であり彼女は成長途中の少女だ。今のように彼女に手を貸す程度の、「兄妹」としてのつきあいが最善なのではないか。そう、理性ではわかっている。しかし、現在父と共同開発しているモビルファイター――自己再生・自己増殖・自己進化の三大理論を積んだ究極のガンダム、アルティメットガンダムの存在をどこかに嗅ぎつけられ、利用されれば自分たちは無事では済まないだろう。それはアルティメットガンダムの開発に携わったときから感じていた。
 その前に――その前にどうしてもレインに自らの想いを伝えたい。自室のベッドに無造作に横になっているキョウジは、外の夜空を見つめながら思っていた。

 そして翌日、同時刻、同じ場所にキョウジは向かった。レインは、既にそこにいた。橋の欄干から夜空を見上げている。こちらに気づいてはいない。キョウジは軽く息を吐き、いつもの調子になろうとする。
「だーれだ?」
 レインの目元をそっと包み、ひどくおどけた声音で言う。くすくすレインの笑い声が聞こえた。
「……キョウジさんたら」
「バレたかあ」
 やがて、場の雰囲気が真剣なものに変わる。
「……キョウジさん。その……昨日のことは?」
 切り出したレインを、キョウジは正面から見据える。
「ずっと、好きだったよ。妹じゃなくて……女性として。でも、俺はそれを言えなかった。昨日もそうだ。一晩、考えてた。バカだよな」
「キョウジ……さん……」
 彼女の瞳に涙があふれ、今にもこぼれそうだ。無意識にキョウジはその雫が落ちる前にぬぐった。
「好きだ……好きだ……レイン」
 華奢な身体を、キョウジは思い切り包み込んだ。レイン――雨という名の海を抱きしめて、その感覚に酔いしれた。互いに互いの鼓動に酔うていた。今まで押し殺してきた感情を吐き出すようにぽつりぽつり、好きだとキョウジはつぶやく。
作品名:隠せぬ鏡面 作家名: