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隠せぬ鏡面

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 やがて、時間は過ぎる。キョウジはいよいよアルティメットガンダム完成を目前にし、そしてレインは大学で新たな恋を見つけた。もうじきドモンも修行から戻る。
 このまま平穏な日々が続けばいい、と思ったがキョウジの胸中は晴れやかではなかった。アルティメットを兵器として使えばその性質から恐ろしき悪魔へと豹変するだろう。それを狙っている者が多くいることはキョウジも知っている。
 そして、約束されていたかのようにその日は訪れた。

「かあさーんっ!」
「キョウジ、おまえは逃げろ!」
 アルティメット完成を待っていたかのように駆けつけた軍に、母は凶弾に倒れ、父は拘束されていた。
 涙を浮かべながら、キョウジはアルティメットガンダムのコクピットに乗り、地球へ着陸するようにセットする。――さよなら、父さん、母さん、ドモン、そして……レイン。


 キョウジを乗せたアルティメットガンダムは、確かに地球へと辿り着いた。だが、その衝撃から、人類のためのものであった三大理論が、人類を滅亡させることで世界を浄化しようとする恐るべき兵器と進化を遂げた。自ら動くためのエネルギー――生体コアとして選ばれたのは、その場にいたキョウジ・カッシュに他ならない。

***

 アルティメットガンダムを倒すためにドモンが動いているようであった。軍により、キョウジが地球破壊の首謀者ということにされて、だが。
 生体コアとされたキョウジだが、かろうじて、本当にかろうじてではあるが、意識はあった。今にも闇に沈みそうになる意識の中で、これまでの記憶が走馬灯のように再生され、ドモンとレインの姿が代わる代わる浮かぶ。――待ってくれ。兄ちゃんを置いていくのかい? おまえたちは元気でいいな。うらやましいよ。鬼ごっこなんて、ずるいぞ。
 朦朧とする意識の中で、こちらを――アルティメットを見る人影が見えた。華奢な女性の姿をしている。栗色の髪をして、海のようにきれいな蒼い瞳を向け……雨という名を持つ女性。

『レイン』
 キョウジのくちびるが動いた。自分でも聞き取れるほどの確かな声量で。
『レイン……』
 久しく呼ぶことのなかった名を紡いだ喜びに、どれほど自分は彼女を愛していたのかを思い知った。涙さえ流れていた。この一年の孤独の中、どれほど彼女に会いたいと思っていたのか、と。
 彼女に触れることができれば、どんなに幸せなことであろうか。この悪魔のガンダムの醜いコードであっても……。だが、キョウジの精神はもはや闇に覆われかけていた。もう一度、「愛している」と告げたかった。忘れてほしいと思いながらも、忘れてほしくはない。もう、何も聞こえない。レインの姿も、靄がかかってもう見えない。
 ――最後に、キミの姿を見られて、よかった……。そして、この醜い姿を見られずに済んで……。レインを泣かせるんじゃないぞ、ドモン……。
 キョウジの意識は、闇の中に溶けた。最後に、ぽとり涙がひとしずくこぼれた。その鏡面に映るのは、残像。

 あとに残ったのは、悪魔と呼ばれるようになった禍々しき機械と、キョウジの顔をした、涙を流すアンドロイドだけであった。
(了)
作品名:隠せぬ鏡面 作家名: