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卒業前夜

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ざあざあ、と。
せっかく咲いた桜を散らそうとするかのような激しい雨が降っている。
時刻は夕刻だけれども、いつも部屋に射す暖かな橙は姿を現さず、まるで早くに夜が訪れたかのような薄暗さが世界を包んでいた。
春とはいえ、雨が降ると気温が下がり、いつもと同じ夕刻でも少し肌寒く感じられる。
白い夜着に身を包んだ少年二人は、何をするともなく、さして広くはない和室の中で並んで座り、外の世界に、自然が奏でる音に耳を傾けていた。
平素は無為に時を過ごすことのない二人だったが、今日ばかりはどちらも大人しい。
細身で美しい面の少年は行儀よく正座をし、下座にその身を置いている。
男らしい体躯の、強面の少年は、どっしりと胡坐をかいて上座で腰を落ち着けていた。

「今年は、花見をする暇も無かったな」
「就職活動だの、卒業試験だのと、何かと忙しかったからなあ」
「そうだったな。しかしまだ実感が沸かん。我々が此処を卒業するなど。……ところで、ここ数日、随分と雑な荷造りをしていたが、忘れ物はないか、文次郎」
「ああ、ねえよ。ありゃ実家に送り返す分だから、雑でも良いんだ。馬借も団蔵ん処に頼んだから、荷の送りも間違いねえしな。お前こそ、紐だの簪だの、気に入りの小物の類は纏めたのか、仙蔵」
「あれか。私にはもう必要ないものだから、作法の後輩達に配ってしまったよ。私の荷物は、この着物と、武具一式だけだ」
「そうか」

明日は、忍術学園の最上級生が、学び舎を去る日だ。

旅立ちを前にしては幸先の悪い天候ではあったが、六年生達は気に留めず、それぞれに心を落ち着け、最後の日を自室にて思い思いに過ごしている。
二人の少年 ―――――― 六年い組の潮江文次郎と立花仙蔵も、夕食を終え、片づけも終え、がらんとした自室で、夜と、夜明けがくるのを待っていた。

「期待はしていなかったが、やはり、全員が違う城に仕える事になってしまったようだな」
「ああ。誰も口にはしねえが、雰囲気からして、そういう事らしい」

学園で学んだ生徒は、皆が皆、忍になるわけではない。
農村に戻る者もいれば、仏同に帰依する者も居る。
卒業後の進路は、人それぞれだった。
けれども今期の六年生は、全員が、忍の道を選んだ。
彼らに、帰る家や継ぐ職業が無かったわけではないのだが、時期が来た折それとなく進路を尋ねあってみれば、皆、申し合わせたかのように、影の中で生きる事となっていた。
戦の多い、何処にいても足下に死がまとわりつく時代。
ならば、どのように生きようと結果は同じ。
彼らは、自分達が六年の間に身につけたものが世の中でどれだけ通用するか試したかったのだ。
最上級生の中でも特別仲が良かった六人は、実力を認められ、第一希望、またはそれに準ずる城に就職する事が出来た。
しかし残念なことに、学園長の推薦をもってしても、同じ城に二人は採用されなかった。
どの城にも、玄人の忍が既に多く存在していたからだ。
駆け出しの忍者のたまごは即戦力にはならないと考えられており、どの城にも数は必要とされなかった。
戦続きのせいで、城の方に、彼等が成長するのを待ち、抱え続けるだけの財政的な余力がない事も原因だった。
様々な事柄を考慮すれば、今期の六年生達は、全員が雇って貰えただけましな方だと言えた。

「文次郎。私はいずれ、利吉さんのようなフリーの忍者になるつもりだ。城に長く居着くつもりはない。だからこの先、お前達の誰とも、敵対することは無いだろう。甘い事を、と笑われるかも知れないが、正直、殺伐としたこの世で、それだけは救いだよ」
「俺もそうだ。いつまでも人に仕える気はねえからな。城の忍軍で腕を磨いて、人を守れるぐらい強くなったら、俺はここに戻ってくる。先生方のように強く賢い忍になって、この学園で、次の世代を育てるつもりだ。……てめぇのことは笑えねえよ。否……きっと皆、気持ちは同じだ」

雨の音は依然大きく室内に響いているが、耳の良い二人には通常の声量でも十分に言葉は届く。
二人は並んで座りながら、薄い紙一枚で隔てられた外の世界、締め切られた障子の向こう側に目を向けていた。
わざと隣を、友人の姿を見ないようにしているのではなく、ただ、目に映さねば淡々と話をしていられるだろうと考えてのことだった。

「長次はいずれ、街で子供達に読み書きを教える小屋を開くらしい。だから、貴重な書物や、資源の多い城で働きたいと言っていたな」
「小平太は、いつかあのくせ者のように、自分の忍軍を持つんだと言ってたぜ。自分が忍頭になって、義賊のまねごとをするんだと。戦がなくなるように、働きたいそうだ。だから、多分、一番平和主義の城に行くんだろう」
「伊作は、もっと学んで本物の医者になると意気込んでいたな。しばらくは優れた薬師と戦場医がいる城に勤めるそうだが、あれもいずれ学園に戻ってきて、再び保健室の主になるやもしれん」
「留三郎の野郎は、最終的には物を作る仕事がしたいらしいぞ。刀や苦無や、主に忍の仕事に必要な物を作ったり手入れをしたり、したいそうだ。元々職人希望だったから、刀匠や名工を多く抱える城が望みだと言っていたな」

水音の隙間を縫って呟かれる仲間の希望、叶えばいいと願う未来の形。
潮江と立花は、知りうる限りの情報を交換し、仲間達の行く先に当たりをつける。
勿論、知ったところで、有事の際、無力な新米には何をどうすることも出来ないけれども、なんとなく、知っておきたい気になったのだ。

「就く先が希望通りだとしたら、まあ、皆、すぐに死ぬことはあるまいな」
「ああ。ここの縁の城なら余計な。学園長がご存命の間は、酷い扱いを受けることもねえだろう。俺達みてぇな新米にとっちゃあ、有り難い話だ」

穏やかな表情で、二人はぽつりぽつりと話を続けた。
夜明けが来たら、目が覚めた方から静かに部屋を出ていく事になる。
だから眠りに就くまで、少しでも、話をしていたかったのだ。
潮江と立花は六年の間同室だったにも関わらず、これまで、今宵のように腰を据えてじっくりと将来について話をしたことはなかった。
この日が来ると解っていながら、目を瞑っていた所為かもしれない。
改めてその事を惜しむように、これまでの時間を埋めるように、二人は溢れる言葉を繋いでいく。

「……そうだ。今更だがな、文次郎。お前には六年間、世話になった。一応、お前と顔を合わせるのは今日が最後だ。だから最後に一つ、何かお前に贈り物をしたいんだが……何が欲しい? 私としては、私をお前に贈りたいのだがな。欲でも、情でも、誓いでも、お前が望むならなんでもやろう。こう見えて太っ腹だからな」

くすり、と笑みを交えながら、視線だけを隣に向けて立花が言えば、潮江は大きく溜め息を落とした。

二人は、互いに、六年もの間、懸想していた。
しかし意地を張っていたり、常識を考慮してみたり、そもそも友人という枠に捕らわれ過ぎていたもので、それらしい素振りを一度も見せずに来たのだ。
それなのに、今になって。
美しい面をした少年は、いたずらにそれを口にした。
何があっても伝えぬ事が暗黙の了解であった筈の、秘めた想いを。
作品名:卒業前夜 作家名:東雲 尊