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初夏、真夜中の小さなプレリュード

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 先程から紡がれる言葉は関連性がうすく、何の脈絡もない…ヴァローナは、頭の片隅ではそう思っていた。
 静雄は変わらず言葉を探すように、なおも頭上を見上げたままだった。ヴァローナはそうは思っていたものの、それは自身にも当てはまることだと思い目の前の男が何を言いたいのか見極めねばと考えた。なので、自身も手を止めて同じように箸を置き、じっとその様を見つめることに集中する。
 そのまま双方が黙ったままでいた。しばらくして、静雄の考え込むような唸り声が少し響いた後、彼は突如として頭上を見上げるのをやめて、彼女の方を振り返った。そして、こう口を開いた。
「まあなんだ、これからもよろしく頼むわ」
 彼はそういうと、組んでいた腕をほどき、手を伸ばすと彼女の頭を撫ぜた。その口元には、珍しく笑みを浮かべながら。それは、凶悪な物ではなく、普段目にできないような柔らかな笑みだった。
 そして「これがうまいって思ったんなら、次食いたくなったら今度は俺が奢ってやるよ」と口にすると、なぜていた手を離し、再び箸を手に取ると自身が食べることに集中した。
 彼女はしばらくぼうっと隣に座っている職場の先輩を見つめることしかできなかった。
 私がいて、うれしいとはどういうことなのだろうか。別にスローンと組んでいた時のように、必要不可欠なパートナーというわけではない。この男であれば、十分一人でやっていけるはずだ。もしくは上司と二人だけでも、仕事はできるのだろう。(今までそれでやってきたはずだ)
 だけど、男は私がいてうれしいと確かにそういったのだ。
――よく、わからない。けれど…。悪くは、ない。
 むしろ私は喜んでいるのではないか。嬉しいと思っているような、そんな感情をこの胸の内から感じるのだ。
「今度は、トム上司も呼ぶことを提案します」
 ヴァローナはそう小さく呟くと、おいていた箸を手にとった。そんな彼女の小さなつぶやきを耳に入れた静雄は同じく「そうだな」と呟いて、二人は静かに食事を再開した。


 その日、南池袋の住宅街にほど近いラーメン屋では奇妙な光景が見られた。
 真夜中もほど近い遅い時間にあらわれた一組の男女。外人の女と、バーテン服の男という奇妙な組み合わせは店主の印象に残りすぎた。
 だが、それ以上に店主の中にはっきりと残った映像があった。
 それは、いつでもその瞳と口元を凶悪に飾っており池袋の喧嘩人形として恐れられる生ける伝説のような男が、ふつうに笑っている、その様であった。
 滅多にみれないものをみた店主が、自身の仲間に得意げに語るのはまた別の話。その話が噂となり、デマだか真実だかよくわからない「平和島静雄とつきあっている女が実在するらしい」という噂が広まるのもまた、別の話。