二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

それはまさに悪夢

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
気がつくと、目の前にはただ赤が広がっていた。
 内職をする母の手も、物売りから戻るや否や野良仕事に出かける支度を始めた父の背も、母の内職を手伝う自分の幼い指さえも、全て鮮やかな赤だった。
 まるでこの世が赤く燃えているようだ、ときり丸がぼんやり思った瞬間、激しい怒号と悲鳴と慟哭が立て続けに耳に飛び込んできた。
 鍬を手にした父が何か言って、母がそれに頷くなりきり丸をぎゅっと抱き締めた。鍬を構えて外に飛び出す父の痩せた背中には見覚えがあって、きり丸はついに状況を把握した。

 これはあの日―――父母を同時に喪った、あの忌まわしい日だ。

 きり丸は小さな身をよじって母の腕をすり抜け、外に出た父を追わんとした。
 火が、と父が言った。振り返ると村の入口あたりに何人もの足軽がいて、各々松明や火のついた矢を構えていた。
 父は家の中に入り、母を救い出そうとした。しかし火がそれよりも早く放たれて、瞬く間に村中の乾いた草に燃え広がる。
 父ちゃん、母ちゃん、ときり丸は叫んだ。火のついた家の中から、走れという父の怒鳴り声が聞こえた。

 すべて、古い記憶のままだった。

 きり丸は走った。泣きべそをかきながら、それを小さな手で拭いながら一生懸命走り続けた。幼い子どもの小さな足はもう限界で、もつれて幾度も転んでしまった。
 それでもなお無我夢中で走り続けると、いつの間にかどこか山奥に入っていた。驚きつつも足を動かし続けると、やがてそこが見知った場所だと分かった。
 山道の先には延々途切れることのない高い塀―――確かにあれは、忍術学園だ。

 いつの間にか手に握っていた鍵縄を構えた。その手はいつかの図書委員長のように傷だらけで、もう幼くなどなかった。
 きり丸は慣れた手つきで鍵縄を塀に掛け、地面を思いきり蹴って一気に超えた。その足はいつか憧れたフリーの忍者のように力強く、もう小さくなどなかった。

 最早疲れを感じなくなった足は、学園に入ると迷うことなく医務室へと向かっていた。
 きり丸は知っている。どんな夜更けの忍務帰りでもそこに行けば、必ずあの愛しい子が待っていると。

 学園は広い。
 十三歳になったきり丸の足でも、医務室にはなかなか辿り着けなかった。
 もう幼い子どもの自分からは抜け出たはずなのに、いつまで経っても呼吸が苦しかった。はあ、はあ、と喘ぎながら、彼の名を途切れ途切れに呟く。

 医務室の戸が見えた。そこまでの廊下がひどく長く思えた。きり丸は荒い呼吸をそのままに、ただ必死にそこを目指した。
 戸に手をかけた。脳裏に昨夜バイトと称した忍務から戻った時見たこの部屋が浮かぶ。敷布、衝立、薬棚、そして中央に座った少年が救急箱を引き寄せて発する、「おかえり、きりちゃん」の声。

  がらり。

 ついに医務室の戸を開け、薄明るい室内を覗き込んだ次の瞬間、きり丸の視界に赤がまたぼうっと広がった。

 ―――そこにいるはずの少年が、いなかった。

作品名:それはまさに悪夢 作家名:たつき紗斗