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rainy day

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 こんな姿を見れば何も言うまい、ホークアイ中尉なら。

 
 上官らしからぬ思考を途切れさせたのは遠目でも映える鮮やかな朱金。



 雨に濡れないようにしているのかトレードマークのコートを両手で掲げて駆けていた。
 重心が右に左に移るごとに尻尾の金色が泳ぎ、くすみがちな景色を彩ってる。
 何をそんなに急いでいるのか。
 ぬかるみに脚を取られ危うく転びそうになっている。
 こちらには気が付いていないようで、そっと傘をさし出してみる。
 ふと目の前に落ちた陰に漸くこちらに気がついたのか怪訝そうな顔で見上げられた。
 ずいぶん濡れたようだ。
 さらさらと普段なら頬を滑るだけの前髪もハリを無くしぺったりと幼さを残す輪郭をなぞっていた。
 編んでいる後ろ髪も乱れて数本の髪が顕わな首筋を水滴と一緒に流れる。
 しばらく離れていた恋人のこんな姿は目の毒だった。
 下着代わりのタンクトップからのぞく鎖骨から左腕のなだらかな隆起に雫が伝う様は妙に官能的だ。
 「君は雨に濡れるのが好きなのかね?」
 湧き上がる感情を抑えるためにことさら皮肉気に問う。
 「・・・その言葉、あんたにそっくり返すぜ。傘さしてるくせにびしょ濡れじゃんか。無能。」
 「これはまぁ、諸事情あってな。それより君、アルフォンスはどうした?」
 これはまた答えたくないのだろう大げさにそっぽを向いた。
 こういう子どもらしいしぐさを見るにつけ胸の奥で痛い棘が成長する。
 「まぁ、いい。私はこれから司令部へ戻るが・・・君はどこへ?」
 「別に?」
 別にって。
 これはあれか…すねているか照れているかのどっちかだ。
 



 「急用が無いのであれば、このまま司令部へ一緒に来てくれないか。旅の話も聞きたいし…鋼の?」
 濡れるぞ、と言いかけて自分も子供も大差ない事に気がついた。
 胸元にほの暖かい体温。
 室内ではないと言うのに珍しい事もあるもんだ。
 「アンタんち・・・。」
 くぐもって聞こえた声。
 その誘惑の強さに負けそうになるがそうも言ってられない。
 空いている方の腕をまわして。
 「千載一遇のチャンス…と言いたいところだが、鋼の?」
 意思を表すように回された腕の力が強まる。
 「狙われたって聞いた。」
 「・・・?ああ、まぁあれは日常茶飯事的な事だ。君にだって身に覚えがあるだろう?」
 苦笑交じりに咎めれば。 
 猫のように頭を擦り付けて放してくれる気はないようだ。 
 大方ヒヨ狗にでも聞いたのだろう。
 私の部下はみな心配性だ。
 職業柄一人でふらふらするのは確かに無防備すぎるとは思うがここに来るのに部下を連れてくる気にもなれなかった。
 「悪かった。心配させたか?」 
 たとえ人気のない場所だろうが、こんな道端で抱き合う状況をこの子供が享受するとは思えないのだが。
 「とにかく自宅の方が近いしな、後で家まで迎えに来て貰う事にするよ。」
 漸く納得してくれたのか顔をあげて真意を図っているらしい。
 傘で多少なりとも視界を遮っていたのを見咎めて置かれている状況に高揚したのか頬を染めていた。
 一瞬の隙を突いて。
 冷たくなった唇をかすめ取る。
 「んっ・・・。」
 「おかえり。挨拶がまだだったね。」
 紫がかっていた唇が赤色を取り戻すまで数度ついばんだ。


 自宅に帰る道すがら、意識を失ってその場に拘束されている者数名。
 誰がやったのかは言わずもがな。
 それであんなに急いでいたのか。
 不安だったのか。
 愛しい者に心をくだかれると言うのはなんにせよ嬉しいものだ。



 駅から町を歩いてるときにハボックに遭い、事の子細を聞いたのだそうだ。
 下っ端連中だったけど荒っぽい連中だとか。
 「あちこちの店にアンタの向かった方向を聞いて。大きな花束を抱えてこっちに来たって・・・。」
 後を付けていたら胡散臭い連中が狙っていたから始末しておいた、と。
 「邪魔しちゃ悪いと思ったんだ。・・・でも。」
 傍にいたいと思って。

 

 大佐の事を信用してはいる。
 そして信じてはいるのに。
 時々どうしようもなく不安になるんだ。
 肉体も魂も精神もこの世から亡くなっているというのに。
 連れて行かれそうで。
 彼女の想いが強すぎて。
 柔らかな髪をなびかせて魂のすべてで彼を求め想う姿がいまだに目に焼き付いている。




 「君が心配するようなことは何もないよ。」 
 次に来るときは君も一緒に来ようか。
 そういって優しく抱きしめられる腕の中、降りてくるキスは雨の味がした。
 
 

 
 
 
 
作品名:rainy day 作家名:藤重