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NeverMore1

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「NeverMore」


side:青葉 秋


女の子が泣いている。
彼女はまだ幼く、両親の都合で此処を離れることになっても、泣くことしか出来ないでいた。

『アキくん・・・』

濡れた瞳が、すがるようにこちらを見つめ、かすれた声が懇願する。

『アキくん、私のこと、忘れないでね』


どんなに離れていても。
どんなに時が経っても。


『私も、アキくんのこと、忘れないから』


アキくん・・・
アキくん・・・
アキくん・・・


けれど、もう、彼女の顔も、思い出せない。



『次はー、やそいなばー、やそーいなばー』

車内アナウンスに、はっと顔を上げた。
窓に映る自分の顔を、二、三度瞬きして見つめる。


あの時とは違う。
もう、あの町は、霧が晴れたから。


立ち上がって、網棚から荷物を下ろし、隣の席に置いた。
もうすぐ駅に着く。



八十稲羽駅について、プラットホームに降りた。
ゴールデンウィークということもあり、ホームは乗降客でごった返している。
人波をすり抜け、改札口へと向かった。


『アキくん』


不意に呼びかけられ、驚いて足を止める。
周囲を見回して、それらしき人物を捜していたら、

「待ってよー!」

足下を、小さな女の子が駆け抜けていった。
年は菜々子ちゃんと同じくらい、よそ行きらしいワンピースを翻して、走っていく。
先ほどの声は、この子のものだと気がついて、思わず笑ってしまった。

「アキくん違いか」

小さく呟いてから、改札口へ向かう。




駅を出て、周囲を見渡すと、

「おーい、こっちだ」

懐かしい声とともに、腰のあたりに何かがぶつかってきた。

「お兄ちゃん、お帰りなさい!」
「菜々子ちゃん、久しぶりだね。少し背が伸びた?」

別れたときより、少しだけ高い位置にある頭を撫でると、菜々子ちゃんは顔を上げて、

「うん!菜々子ね、並び順、ちょっと後ろになったんだよ!」

そう言って、嬉しそうに笑う。

「よお、秋。元気そうだな」

堂島さんがやってきて、菜々子ちゃんの頭に手を置く。

「はい。堂島さんもお変わりないですか?」
「俺は相変わらずさ。お前が来るのを、菜々子がずっと楽しみにしててな。ずっと『お兄ちゃんは何時に来るの』って、そればっか・・・痛っ!」

ばしっと音を立てて、菜々子ちゃんが堂島さんを叩いた。

「はははっ、ま、俺も、お前に会えるのが楽しみだったけどな。よく来たな、秋」

堂島さんの無骨な手が、俺の髪をかき回す。

「車はこっちに止めてある。お前の友達は、みんな家に集まってるからな」
「ありがとうございます。すみません、無理言って」

皆にゴールデンウィークに遊びに行くと知らせたら、駅まで出迎えると言われ、堂島さんが車で迎えにくるからと断ったら、何故か「堂島さん宅に集合」という話になってしまった。


まあ、ほぼ陽介が押し切ったんだが・・・。


「なあに、構わんさ。菜々子の相手もしてくれるし、こっちも助かってる」
「あのね!完二お兄ちゃんが、うさぎさん作ってくれたの!すっごく可愛いんだよ!おにいちゃんにも見せてあげるね!」
「そっか。良かったね、菜々子ちゃん」
「うん!」

完二は、「おじちゃん」から「お兄ちゃん」になったんだなと、内心笑いながら、菜々子ちゃんと手をつないで、堂島さんの車に向かう。



車に乗り込み、懐かしい道を辿った。

「もう、霧が出ることはないですか?」
「ああ、綺麗さっぱりな。不思議なもんだ、あんなに頻繁に出ていたのに」

堂島さんの言葉に、ほっとする。
もう、この町が霧に包まれることはないだろう。

車窓を流れる景色を眺めながら、菜々子ちゃんの話に耳を傾ける。

新しいクラス、新しい友達、新しい担任・・・
「話すこと」の多さは、それだけ「離れていた」ということ。


こうやって、俺を慕ってくれるのも、今のうちなんだろうな。


会わない時間が増えれば、思い出も薄れ、次第に忘れていく・・・


『忘れないで・・・私のこと・・・』


ハッとして、顔を上げた。
窓の外は、相変わらず明るくて、記憶にある景色が流れていく。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

菜々子ちゃんの、怪訝な声がした。

「え?あ・・・ううん、何でもない。驚かせてごめんね」
「ううん、大丈夫」
「菜々子があんまり喋るから、秋も疲れたんじゃないか?」

堂島さんのからかいに、菜々子ちゃんは目を見開いて、

「え!?そうなの!?ごめんなさい、お兄ちゃん!」
「そんなことないよ、大丈夫。もっと菜々子ちゃんの話、聞かせて欲しいな」

頭を撫でてあげると、菜々子ちゃんは嬉しそうに笑って、

「うん!菜々子ね、お兄ちゃんにいっぱいお話ししたいことがあるの!」

次々と、日々の出来事を話し始める。
菜々子ちゃんの話を聞きながら、ただの空耳だと、自分に言い聞かせた。



堂島さんの家について、玄関の前に立つと、中からにぎやかな声が聞こえる。
相変わらずだと思いながら、引き戸を開けると、

「相ぼ」
「センセーーーーーー!!会いたかったクマーーーーー!!」

声とともに体当たりされ、二・三歩よろめいた。

「く、クマか。久しぶ」
「クマ、てめぇ!俺と相棒の感動の再会を、邪魔すんじゃねえよ!!」
「きゃー!ヨースケがいじめるクマー!センセー助けてー!!」
「花村先輩、大人げねえっすよ」
「いじめてねえよ!人聞きの悪いこと言うな!」
「あー!クマずるーい!あたしもー!!」
「オーッス!来たね、リーダー!」
「青葉君、久しぶりだね」
「先輩、お久しぶりです。・・・ふっ。相変わらず、人気ですね」
「久しぶり。みんなも元気そうだな」

クマとりせと陽介に囲まれつつ、懐かしい面々に頷いてみせる。

「ほらほら、玄関先で騒ぐな。全員中に入れ」

堂島さんに促され、口々に「お邪魔します」と言いながら、部屋になだれ込んでいった。
誰に腕を引かれてるのか分からない状態で、かろうじて靴を脱ぎ、家の中にあがる。

「・・・ぶっ」

吹き出した後、慌てて口を押さえた。
部屋の中は、やたらカラフルに飾り付けられ、何かのお祭りかと見間違う。

「・・・七夕とクリスマスと正月が、ごちゃ混ぜになったような」
「はは、すげーだろ?みんなで朝から飾り付けたんだぜ」

陽介が笑いながら、片目をつぶって言った。

「センセイの為に、クマとナナチャンが考えたクマ!クマ、男を見せたクマよ」
「えへへ、これ、菜々子が作ったんだ。楽しかったよ」
「菜々子ちゃん、すげー頑張ったっすよ。これも菜々子ちゃんが作ったっす。・・・こっちは、俺の手作りっす」

完二が照れたように言うと、横から陽介が、

「恥じらうなよ、似合わねーから」
「花村先輩には言ってねえっすよ」
「わー、菜々子ちゃーん、あのおじさん怖いねー」
「んだと、こらぁ!」
「ほらほら、あんた達、喧嘩しないの」

千枝が、陽介と完二の間に割って入る。

「みんな、相変わらずなようで」
「まーねー。相変わらずすぎて、成長がないって感じ?あ、でも、料理の腕は、ちょっとあがったんだよー」
「お料理、りせも頑張たんですよ。青葉先輩に食べて欲しくて」
作品名:NeverMore1 作家名:シャオ