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南ちゃんではないけれど

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「食えよ」
 そう言って差し出したタッパーが妙に可愛らしいピンクのハンカチに包まれているためか、ゾロは微妙に眉をしかめた。
「今日は、何だよ」
「レモンのはちみつ漬け。基本だろ?」
 そう言って笑いながら、サンジの心臓は嫌な感じに脈打っている。結構な頻度で差し入れるおなじみのタッパーはいつも空になって返ってくるけれど、それをどんな気持ちで目の前のこいつが食べているのか? とか。迷惑がられてはいないか? 気持ち悪がられてはいないか?
 ゾロは基本的に言葉が足りなくて、それにサンジは救われているような気持ちもするし、苦しくて胸を掻き毟りたいような気持ちにもなる。
 レモンを切りながら、ハチミツを垂らしながら腹のうちにとごっていく不安はグチグチと妙な具合に固まって、最近のサンジはネガティブに浸かってばかりだ。
 嫌ならさっさと引導を渡してくれとか、それでいて頼むから今すぐキスして抱きしめてほしい、とか。どちらもばかな考えだ。
「南ちゃんみたいでときめくだろ?」
 精一杯の強がりで冗談を言えば、ゾロは再び変な具合に顔を歪めた。それはどういう意味で?
 年下のしかも男に惚れてるなんて時点で相当いかれているのはわかっていながら、こうして手を伸ばすのをやめられない。触れるたびに怖くて手を引っ込めるくせに、と自嘲することでますます自分が情けなくなってくる。
「今日、練習終わったらうち来るか?」
「ああ」
「わかった、晩飯作って待ってる」
 ん、とゾロが頷いたけれど、そこから何をどう続けたらいいかわからなくなってしまいサンジは開きかけた口を思わず閉じた。無口なゾロに会話を続けようなんて努力は無くて、ワイシャツにスラックスの大人と、ユニフォーム姿の高校生球児の間には変な沈黙が流れ始める。ジイジイと鳴いている蝉がやかましい。首筋を焼く直射日光が疎ましい。
「ゾロー! もう休憩終わるわよ! ミーティングするから部室に集合!」
「わかった、今行く! ……いつもありがとな」
「感謝しろよ」
 サンジの憎まれ口には何も返さないで、ゾロはグラウンドに戻っていった。一度帽子を脱いで一礼して、靴を慣らして駆けていく。真っ白なユニフォームが、きつい日差しを反射してひどく眩しい。

 2年前、ガキだと思っていた幼馴染からまさかの告白をされて、仕方ねえなァと(今考えればかなり頭の悪い思考だ)付き合い始めたくせに、このざまだ。今ではサンジのほうが余程ゾロに惚れてしまっている。
 そりゃ、かわいい彼女に差し入れなんてされてときめかない男は馬鹿野郎だけれど、サンジは生憎ごつい21歳の男だ。高校生に抱きしめられたり組み敷かれたりしてドキドキしているなんて相当情けない話だが、サンジが一番恥ずかしいのは、レモンのはちみつ漬けだ。こんなふうに、ほんの少しの部分でも接していたくて仕方ない。まるで幼い独占欲だ。中学生かよ。
 爺さんから(ほとんど勝手に)譲り受けたミニ・クーパーの運転席に座れば、冷たすぎるエアコンの風が皮膚をうっすらと覆う汗を乾かしていく。ゾクゾクと震えながらも、それが結構心地良い。
 カーステレオのスイッチを入れれば、入れっぱなしになっていたビートルズのカセットテープがカサカサと回り始めた。曲名は知らないけれど耳に馴染んだ音楽が軽快に流れ始める。これは何を歌っている歌なんだろうか。歌詞なんてわからないのだけれど、きっと恋の歌に違いないと思った。男が歌う恋の歌なんて大嫌いだ。いつだって苦々しくて乾ききった切なさばかりじゃないか。
 まだ陽は高い。
 このままどこか遠くへ走って行ってしまいたい――と、最近車に乗るたびにそんなことを思っている気がする。結局はいつも、10キロもない湾岸の道を走って帰ってくるくせに、だ。遠くまで行くと、戻って来れないような気がして恐ろしくなるのだ。
 それがわかっていながらも、サンジは自宅とは正反対の海へ向かう道を進んだ。ビートルズが流れている。窓を開ければ、生ぬるい風がエアコンで冷えた空気をかき混ぜた。



 ドロドロの練習着を洗う洗濯機の音を聞きながら、サンジはタッパーに付いた蜂蜜を手で撫でた。お湯に浸しておいたからスルスルと汚れが落ちていく。リビングでは、どうやらゾロがバラエティを見ているらしい。
「明日は何時集合だ?」
 テレビと水道と洗濯機の音に負けないよう、と思ったら、予想以上に大きな声が出てしまった。
「6時にグラウンド集合」
「ヘエ。現地集合じゃねえんだ?」
「全員でミーティングと瞑想して、それからOBが車出してくれんだ」
「瞑想って」
 思わず笑ってしまったサンジに、ゾロがむっとして「メンタルも重要なんだよ」と返してきた。ごめんごめん、と謝るが、その口調がますますおかしい。
 ゾロは小学生のころから野球をやっていて、高校でも野球部に入った。あまり強くはない学校だけれど、甲子園を目指して練習は一生懸命やっている。なんと、朝はいつも6時集合というのだから驚きだ。しかも1年のころはグラウンド整備があるとかで家を5時前に出ることもあった。
 その成果もあってかゾロの学校は今年4回戦まで駒を進めていて、明日の試合に勝てばベスト16に入れるとますます気合が入っている。
 少し前まではそんなゾロのことを「すげえなあ」くらいで済ませていたサンジだけれど、ゾロの両親が仕事の都合で海外に引越し、一人息子をたぶらかした(?)罪悪感から面倒を見ると請合ってしまって以来、すげえなあくらいでは済まされないことを実感している。
 元々祖父がレストランをしていることからサンジにとって早起きは習慣のようなものだったけれど、幼いころから見てきた限りゾロはまず確実に朝が苦手どころではなかったはずだ。それが、ぼんやりしながらもきちんと起きてきて、ユニフォームを着て(たまにストッキングを履き忘れているけれど)チャリチャリと自転車を漕いで学校に向かっていくのだ。
(高校球児スゲー)
 学生時代は帰宅部を貫きとおしてきたサンジには、計り知れない世界だ。
「弁当いるだろ?」
「作ってくれんのか?」
「試合なんだろ。すっげえの作ってやるよ」
 ゾロの返事は聞こえなかった。今、どんな顔をしているのだろうか。
「今日、うち泊まってくか?」
「いいのかよ」
「家主は俺だぜ、いいもクソもあるか。それに、大事な試合前に寝坊なんて格好つかねえだろ。俺が責任もって起こしてやるよ」
「自分で起きれるっての」
「どの口が言ってんだ、赤ん坊のときから寝ぼすけゾロ君のくせに」
「起きれるようになったんだよ!」
 むきになって怒鳴るのがガキっぽくて、サンジは笑った。ずっと、こんなやり取りばかりしていられれば楽しいだけなのに。
 それこそハイハイをしていたときからゾロを知っているだけに、その背がぐんぐんと伸びるのも、筋肉が付いていくのも、顔付きが大人の男に近づいていくのも、朝自分で起きられるようになるのも、――時々サンジを組み敷いてじっと見下ろすその目付きですら、サンジにとってはまるで夢を見ているようだ。目を覚ませば、ボールが顔面に当たって泣いていた5歳児が目の前にいるような気がする。
 そこまで時間が戻ればいいのになんて、思うこともある。
「……なあ」
作品名:南ちゃんではないけれど 作家名:ちよ子