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南ちゃんではないけれど

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「今日は残念だった……3年生は今日で引退だが、この先どの道に進もうとも今日を含め仲間と野球をやってきた日を忘れるな。2年生、試合に出なかった者も、出ても思うように結果が出せなかった者もいるが、来年の霜月を背負うのはお前らだ。根性入れろ! 1年生、今日の試合は見ていたな。歯がゆさを感じたかもしれないが、それを明日からの練習に生かせ。以上!」
 丸まった選手たちの背中は、いくつか震えている。
 ゾロは――ゾロは、じっと監督の顔を見つめていた。日に焼けたその横顔は、今朝見たよりずっと精悍になってしまった気がする。
「僕が塁に出られてればっ……」
「泣くなコビー」
 横で嗚咽を上げる後輩の頭に手を乗せ、ゾロは静かに言った。
「3年生、起立!」
 サガの号令で、ユニフォームを泥に塗らした選手たちが一斉に立ち上がった。
「監督、1,2年生、マネージャーたち、応援してくれた皆様! 3年間、ありがとうございました!」
「「「あざーっしたァーッ!」」」



 選手たちに解散の号令が掛けられ、ぱらぱらと白色が散らばっていく。でかい鞄を肩に掛けて走り去っていく姿が眩しい。
「……サンジ」
 ゆっくりと歩み寄ってきたゾロの帽子の下の目に見つめられ、サンジは今更ゾロと試合中も試合後も目を合わせていなかったことに気が付いた。
「その、」
「ありがとう」
「え」
 短いまつげに覆われた目が、ちらりと日光に輝く。ゾロの言葉がうまく頭の中に入ってこなくて、サンジは口をぽかんと開けた間抜けな表情のまま僅かに身じろいだ。
「差し入れも、ユニフォームの洗濯も、メシも、弁当も、今日見に来てくれたことも……ありがとう。本当にありがとう、本当に……」
 ふ、と、ゾロが俯いて、帽子のひさしでその顔は見えなくなった。
「ゾロ」
「ありがとう」
 どんな顔をしている、なんて。
 ゾロの拳はぎゅっと握り締められていた。僅かにひさしの下から覗く唇は、ぎゅっと噛み締められている。ホームランを打ったときも、試合に負けた瞬間も崩れなかった表情が、見えないのにどういうわけか手に取るようにわかる気がする。
「感謝してる……俺、負けた……」
「いいから」
 サンジは、握り締められた拳にそっと触れた。じわりと熱い。けれど温かだ。ゆるやかに緊張がほどけていく。
 こんなにも、簡単なことだったなんて。手の熱と一緒に、そこから今まで淀んでいたものがゆっくりとサンジの身体に流れてくるかのようだった。卑怯だと思いながら、一気に溶け出した感情にサンジは身を任せずにはいられない。その温もりに浸らずにはいられない。
「帰ろ、ゾロ」
「……うん」
 帽子をそっと外すサンジの手を、ゾロは遮らなかった。汗に濡れた髪、日焼けした肌。ギュッと歪められた額と眉間。閉じられた瞼。噛み締められた唇。

 キンキンに冷えたミニ・クーパーの車内には、汗と泥のにおいがむんむんと立ち込めている。サンジがステレオのスイッチを切って、フゥ、と息をついた。ビートルズの止まった車内で2人は無言だった。けれど隣から熱が伝わってくる。それは小さく鼓動を鳴らしながら、空気を伝ってお互いの中に響き合う。
「俺、さ」
 赤信号にゆっくりとブレーキを踏んで、サンジは窓の外にちらりと視線を外した。ゆらゆらと揺らぐ空気の中で、カラフルなシャツを着た老若男女がそれぞれのスピードで歩いたり、立ち止まったりしている。
「お前がホームラン打ったとき、このまんまどっか行っちまうんじゃねえかって。俺の手の届かねえとこ行っちまうんじゃねえかって……なんとなく、そう思った」
「……なんだ、それ」
「俺も今はそう思う」
 ふ、と笑いながら、サンジは「だってお前格好良すぎたんだよ」、と冗談みたいなことを半ば本気で言った。
「お前は、背もでかくなるし、ごつくなるし、ホームランだって打っちまうし。俺さァ、時々思うんだよ。べそかいてるお前を慰めてたあのころに戻りてえ、って」
「……馬鹿じゃねえの」
「俺もそう思う」
 信号が青に変わって、再びゆっくりと走り出す。
「俺は、お前に追いつきたくて一生懸命なのに」
 え、と、信じられないゾロの言葉に思わずサンジが顔を向ければ、「前見ろよ」と大人びた口調で言う。けれど僅かに見えた幼い表情は、サンジの中で永遠だ。
 もうすぐ、湾岸の道路に入る。やがては海も見えるだろう。
「……お前さ、もうちょっと子供でいろよ」
「やだね」
 生意気だ、と唇を尖らせながらも、サンジは笑った。
(もうちょっと子供でいろよ、その間に、俺はちゃんと大人になるからさ)
 このまま、どこか遠くに走って行ってしまいたい。いつもは引き返してくる道を、そのまま真っ直ぐ真っ直ぐ、行き止まりになるまで進んで行きたい。今日ばかりは、ビートルズを大音量でかけてもいい。
 2人でなら、それができる気がする。

作品名:南ちゃんではないけれど 作家名:ちよ子