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あの城には河童が棲むというのだが。

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世良は顔を紅潮させながら、心の底から感嘆の声を上げた。
「すごいッス…堺さん、マジキレイっスよ!俺、マジ感動してるっスっ!」
「…うるさいな、さっさとやれよ」
「だって堺さんのあんまりキレイだから…俺なんか感動しちゃって…」
 へへっと笑った世良を横目でちらりと一瞥した後、堺はぼそりと、気をつけろよと言った。
 その利き手には包丁が握られており、その間にも世良の目の前で、するするとジャイガイモの皮が剥かれて、寸分なくクリーム色の中身が現れた。
 世良が皮むき器でどんなに頑張っても、あれほどいびつで、ところどころに引っ付いていた皮が堺の手によると、素直に全てきれいに剥がれていくのだった。
 世良は感動して、さっきうっかり皮むき器で擦った指の痛みも忘れた。
 アッラー!堺さん上手ねえ!と食堂のおばちゃんも堺の包丁さばきを絶賛している。
 ねー!おばちゃん、堺さんスゴいッスよねー!と世良がうれしそうに次のイモを堺に手渡すと、ひざ裏に軽く蹴りが入った。





「おかわりお願いしまっす!ジャガイモ多めで!」
と世良が皿を差し出した横で、赤崎は両手に一枚づつ、二枚の皿を持っていた。
 今は白飯をよそる係になってしゃもじを握るクロの前にある業務用炊飯器の大きな釜が二人の間でゆらりと湯気を立てている。
「こっちは一人前で、こっちは心持ち少なめで」
「おう」
 皿を受け取ったクロは白飯のなかへさっくりと切り込むようにしゃもじを滑らせた。両方に盛り付ける。公平に。盛大に。
「…っ!そんなによそんなくていいっすよ!」
「うるせー、なんだよ心持ちってよ」
「あんたみたいなのは少しは気を配れっていう日本語だ!」
「んだと!大盛り食えよ!」
「俺は三杯目おかわりなんです!あんたもそんなによそってたら米が追いつかなくなるでしょうが!そんなこともわかんないのかよこのハゲッ!」
「三杯目だと!?なにそんなに食ってんだ!このバカ崎ィィィィ!お前に福神漬けは渡せねえ!」
「別にいらないっすよ。漬物、そんなに好きじゃないっすから」
 いつもの喧嘩だったので、皆なんということもなかった。
 滞ったクロの列の隣を担当するスギが、すいすいと並ぶ皆の皿にご飯をよそり、カレーの担当者に渡していく。
 椿が隣の剣幕にびくびくしながらも器用に両手と腹筋の上を使って3枚のカレーを持ち、風のようにとはいかなかったが走り去った。
 スギの列に並んだ方が得策だが、それでもクロの列に留まり、じっと言い争いが終わるのを耐え忍ぶクロの熱狂的サポの3人組がいるのを見るに見かねて、村越が出た。  
 即座にクロは「すいませんコシさん」としゅんとしてうなだれて、赤崎は押し黙った。
 村越は自分も皿を2枚取って、すでに大盛りでよそられた赤崎の2枚から、自分の皿に白飯を取り分けた。
「俺のも一枚は少なめでいいんだ」
 そう言って、できた皿は一人前と「心持ち少なめ」が2枚づつになった。
「赤崎、これでいいか?」
「ウッス。ありがとうございます」
「クロ、福神漬けも頼む。赤崎は嫌いじゃないはずだ」
「…コシさん!」
「さっき食ってるの見たからな」
「んだよ、赤崎。それなら言えよ」 
「加減しておけよ、クロ。希望の人数分行き渡るようにな」
「ウッス!」
 それからクロは目を見張る素早いしゃもじさばきで、待っていた熱狂的サポ3人組の皿を盛り付けを始めた。
 3人はハードで派手ないかつい外見に似合わず遠慮がちな声でクロに希望は大盛りだと申し出た。
 よっしゃ!と叫びながらクロは存分に盛ってやった。

 いつのまにかカレー宣伝係となっている世良が「じゃがいも!じゃがいもがおすすめっス!でもあんまりじゃがいも食わないで!」とせわしなく勧めるカレーまで盛り付け終わったのは一緒で、赤崎と村越は両手に皿を持ちつつ、顔を見合わせると、二人ともほぼ同時に口を切った。
「王子は」
「ジーノは」
 と、居場所を尋ねようとした同一人物の名を示す呼び名だけで、お互いの言葉が止まった。

 

 なぜか、気まずかった。
 そう思っているのは自分だけのようだと思うと、さらに赤崎は口が出た。
「まあ、一応持ってっとかないとあの人、あとで機嫌悪くしたら厄介なんで」
「そうだな、あまり食べないくせにな。並んでるのを見なかったから持って行ってやろうかと思ったんだ」
 しまった、と赤崎は思った。なぜ自分でもしまったと感じたのかわからないが、これだけはわかった。
 先取点狙いは外した。
「どこにいるんすかね」
 その二人の傍らを食堂からスプーンを入れたカゴを運ぶ広報の有里が通りすがり、村越と赤崎を呼び止めた。
「パッカ君知りません?」
 パッカ君。それはこの世に一体しか存在しないETUのマスコットだ。
 隅田川に住むという伝説の生き物をモチーフにしているので河童に似ている。もちろん頭の上には皿がある。だが泳ぐことはない。
 クラブハウスで、ピッチで、つねに出没するパッカ君は子どもサポの人気者だ。
 ファン感謝デーでは一番のアイドルで、働き頭であり、常に表情の変わらないつぶらな黒い瞳で声援に答える。
 中に入ってる人物はETU最大の謎だ。
 いいや、二人が首を振ると、有里は「もーう!達海さんもパッカ君もどこにいるのよー」とぼやいて、食堂のおばちゃんに「スプーン持ってきましたあ!」と元気に呼びかけた。
「有里さん、王子を見ませんでした?」
「さっき上から手を振ってたのを見たわよ」
 彼女の指が頭上を指す。クラブハウスの2階に続く階段の先を。
「お城のバルコニーで手を振る王子様みたい…っておばさまに大好評だったわよ」
「なんすかソレ」
「スクール生の男の子がサインくれーって叫んでたけど、王子、あの子にサインしてあげたかしら?…って、あー!王子もいないじゃない、モー!」
 食堂のおばちゃんたちが「有里ちゃん!今度はお皿がー!」とSOSを発信し、小柄な身体がぴょんと飛ぶように返事をして、二人の前を走り去った。
「赤崎君も村越さんもたくさん食べてね!でもちゃんとファン感おねがいします!」
「ああ」
「ウィッス」
 けれど、まず両手の皿を片付けなければいけない。王子を探して、とにかく1枚押し付けよう。
 二人は連れ立って階段を上がった。村越の後に赤崎が続く。

 村越の広い背中を見据えながら、こんなのムダじゃないっすか、と出そうになる言葉を奥歯を噛んで止めた。
 ムダになるのは自分の持つ皿の方じゃないかと、指摘されるまでもない気がしたのだ。
 王子を見つけたら、どうするんだ。
 この流れ…王子と村越さんと自分、3人で食べるのか。このカレー。

 階段の途中で、村越が「椿じゃないか」と言った後で歩みを止めた。後ろの赤崎も背中にぶつかることがないように体を横に傾けて、ミスターETUは降りてくる椿を通した。
「ウッス!ありがとうございます!失礼します!」
 やや、緊張気味の椿の両手には空になった3枚の皿が重ねられていた。
 大丈夫かよ、落とすなよ、と赤崎は内心、通り抜ける椿の手の中の皿を見ながら思った。そのチキンさゆえ、椿はそそっかしくはないが、時々やらかす。
 そんな椿に、村越がふと聞いた。
「ジーノを見なかったか?」