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歪み、その2。

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「本当に普通の学園なんだな」
「ああ」
屋上。
途中で購入した缶コーヒーを飲みながら、音無が呟く。
「…副会長が淹れてくれたコーヒーの方が美味いな」
「当然だ」
「どうしてだろう。副会長の事、好きになってきている」
「幻だ」
「俺、本当にこれの人じゃないんだけどな…」
音無はまた頬に手をかざしている。
だから、それは何の合図だ?
「副会長は、俺の事が好き?」
「わからない」
正直に答えていた。
朝も言った通り、出会ってからまだ3日しか経過していないのだ。
その間にそんな感情が芽生えると思えなかった。
いや、そもそも僕にそんな感情などありはしない。
僕は神なのだから。
音無は寂しそうな表情を作りながらもそれでも嬉しそうに。
「よかった、嫌われてはいないんだな」
と呟いた。
「音無」
「ん?」
「きっとその感情は記憶を取り戻したら、消える」
「消えない」
「消える。今は頼るべきものがないから、身近にあるもので埋めようとしているだけだ」
「そんな事は…」
「だから、そんな感情は忘れろ」
「嫌だ」
「なら、試してみるか…記憶、取り戻してみるか?」
「どうやって?」
「僕は力を持っている」
今まで言わなかった。
音無が自然に回復するのを待とうとした。
でも、音無が僕にそんな感情を抱いているのなら、さっさと記憶を取り戻した方がいい。
それはきっとお互いの為になる。
そう、思いたい。
「催眠術だ。僕が何年もかけて得た力だ」
「え、副会長、そんなの使えるのか?」
「ああ」
「…冗談…」
「ここから飛び降りるように術をかけようか?」
「いや、嘘です。すみません」
音無は頭を下げた。
「とにかく、恐らく、僕はお前の記憶を取り戻す事が出来るはずだ」
「副会長…」
「取り戻せば、きっとお前は僕から離れる」
「離れない」
「口では何とでも言える」
「離れない。だから、かけてくれ、副会長」
「…わかった。僕の目を見ろ、音無」
音無が僕の目を見る。
真剣な眼差し。
ああ、本当にこいつは僕の事が好きなんだ。
バカだ。本当に。
僕は力を発動させる。
「お前は僕の目を見て、思い出すんだ…失った過去を…」
僕がそう呟く。
音無はぼんやりとその場に立ち竦んだ。
多分、今、記憶の濁流に流されている。
音無の記憶。
それが今の音無に耐え切れるものなのか、僕には判断できない。
僕は音無の顔に自分の顔を近づける、足を上げて。
そして。
音無は温かかった。

「…思い出した」
音無の目から涙が零れていた。
「聞いたほうがいいのか?」
「ああ、聞いてくれ」
音無は過去を語る。
大切だった妹の死。
そこから這い上がる為に目指した医療への道。
その道を閉ざした事故。
暗い闇の中、助かった人間達との死と隣り合わせの生活。
そして。
「俺は死んだんだ…。臓器を他の人達に提供して」
「そうか…」
僕は音無を抱きしめていた。
もう消えるのではないかと思って。
けれど、音無は消えなかった。
「満足したんじゃないのか?」
「いや、していない」
「…もう心残りはないんじゃないのか?」
「副会長を残したくない。俺は副会長が好きだ」
「バカか、お前。もう僕を頼る必要なんてないだろう」
「頼るんじゃなくて、好きなんだ。副会長が俺を頼れるように強くなりたい」
「支離滅裂だな」
「それくらい好きだ」
この男の思考がまるでわからなかった。
「僕は…お前が嫌いだ…」
「好きだろ」
「嫌いだと言っているだろう」
「そうやって心残りを無くそうしている。そういうところ、好きだ」
音無は僕を抱き寄せる。
「ま、待て…」
「さっきキスしたくせに」
「お前、気づいていたのか!?」
「副会長は俺が好きなんだ。気づいてくれ」
「僕はお前なんて、大っ嫌いだ!」
「嘘つき」
「大体、僕はおと…」
「女の子だろ」
「お前、気づいていたのか!?」
「さすがに薄着の状態で抱きつけばわかりますよ、副会長様」
「〜〜〜〜〜〜っ」
「という訳で、問題、ないよな」
ばこっ!!
「でぇぇぇぇぇぇ!!」
僕は音無を思い切り殴った。

ああ、もう訳が判らない。
こいつの事。
でも、こんな感情。
嫌じゃなかった。
作品名:歪み、その2。 作家名:mil