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苦さも甘さ

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キッチンから戻ると、さっきまで寝ていた臨也が目を開けていて、静雄が手にしているプリンを見て「あ」と声をあげた。
「なにひとりだけ食べてるの」
「てめぇはさっきまで寝てただろうが」
「その寝ている間を狙って食べることが信じられないなあ」
「別に狙ったわけじゃねぇ」
ただ気持ちよさそうに寝ていたから起こさなかっただけだ。それに起こしたら起こしたで、必ず一言二言は文句を言われる。ならば静かなほうを選ぶだろう。
静雄がベッドに腰掛けると、臨也がけだるそうに肘をつき、上半身を起こした。
「そこのプリン有名なんだよね」
「知ってるのか?」
「俺を誰だと思ってるわけ?そんなのくらい知ってるって。相変わらず世間に疎いなあ、シズちゃんは。かなり人気でなかなか買えないみたいだけど、そんなものをシズちゃんが持っているということは、誰かにもらった?君が買いにいくわけないもんね」
「ああ。幽が昨日買って届けてくれた」
静雄が甘いものに目がないことを知っている幽は、たまにこうして買ってきてくれる。それも10個や、ものによってはそれ以上の数を持ってくる。さすがにひとりで食べるにはきつい量で、誰かに分ければいいのだけれど、自分のことを思って弟が買ってきてくれたことを考えると、それも悪く思えて結局いつもひとりで食べた。
「道理で。ね、俺にもちょうだいよ」
「ん」
食べかけていたプリンをひと匙掬い、雛のように開いている口の中に入れてやる。きれいな形の唇がスプーンを閉じ込め、クリーム色の物体が臨也の喉を通っていった。
「甘い」
「プリンなんだからそりゃ甘ぇだろ」
「なんだか糖尿病になりそうな甘さだけど。このままいったら十年後には、シズちゃんは成人病だ」
かわいそうに、とクスクス笑う臨也を無視して自分もスプーンを口に入れる。そこまで甘いとは思わない。むしろかなり美味しい部類に入る。有名店になるくらいなのだから、静雄の舌のほうが間違っていないはずだ。
「いつも思うけど、図体に似合わず甘党だよね、シズちゃんは」
「図体は余計なんだよ」
「味覚が小学生で止まってるんだよ。ハンバーグとか牛乳とかチーズとか」
静雄の好きなものを、臨也が指折り数えていく。確かに挙げられるものは、客観的に聞いていればどれもこれも子供が好んで食べそうなものばかりだ。だけど仕方ない。それが好きなのだから。それこそ嗜好は小学校から変わっていないから、臨也の言うこともあながち間違ってはいない。
「乳製品ばっか摂ってたからそこまででかくなったのかな?」
「さあな」
気がついたらここまで背が伸びていた。それを誇らしく思ったこともなければ、思春期に背が伸びて欲しいと願ったこともない。静雄を真似して牛乳を飲む同級生もいたけれど、あまりに飲みすぎてアレルギーになった者もいる。
「もう一口」
また口を開ける臨也の中にスプーンを入れる。
「もっと」
「おい。甘いって文句言ってたじゃねぇか」
調子に乗って催促してくる臨也に眉をひそめた。人を成人病予備軍扱いしておきながら、自分はばくばくと食べるとはどういう神経をしているのだ。
「いいじゃん」
「よくねぇよ。最後のプリンなんだぞ」
「最後って、弟くんが持ってきたのは何個」
「12個?いや、15個はあったか?」
首を傾げながら記憶を辿るけれどはっきりしない。とにかく大きな箱にプリンが敷き詰められていた。それを聞いた臨也が軽く目を瞠った。
「はぁ?それで、俺が昨日の晩に来るまでに14個かそこらを食べたってこと?」
「まあ、そうなるな。賞味期限が昨日中だったんだから食べるしかねぇだろ」
本当は今食べているこのプリンだって賞味期限中に食べるべきだったのだ。だけど最後の最後で腹が苦しくて断念してしまった。
臨也は大袈裟にため息を吐いて、目をくるりと回した。
「ほんとにさ、時々真剣にシズちゃんは馬鹿じゃないのかって思うときがあるよ。そのシズちゃんと同じ高校にいた俺も同じくらいの馬鹿だと思われてたらやだなあ」
「あ゛?」
馬鹿だと言われ、あからさまに不機嫌な声を出しても、臨也は動じない。静雄がいくら声を荒げても、怒りをあらわにしても、力を制御できなくなっても、平然としていられるのは弟以外では臨也だけだ。他人なのに静雄をまったく恐れないのは、臨也だけ。
「それってさ、弟くんが買ってきたから俺にあげたくないってこと?」
「そうだ。これは貴重なんだよ。幽が俺のために買ってきたものを、おまえで終わらせたら失礼だろうが」
「俺が来る前にあらかた食べておいてなにが失礼なのかよくわかんないけど……とりあえず、シズちゃんは俺よりも弟くんが買ってきたプリンのほうが大事なのか。あれだけ好き勝手ヤられて腰が立たなくなった俺にあげたくないほどね。なるほどねぇ。へぇぇ」
わざとらしく何度もうなずきながら、臨也が呆れた視線を送ってくる。
「そんな目をしてもやらねぇぞ」
「もういらないよ」
臨也は興味を失ったのか、飽きたのか、枕に顔を埋めた。それを見て、ふと臨也が帰ったあとの枕の匂いを思い出した。普段は意識などしないし、鼻もすっかり麻痺している。自分の部屋やベッドの匂いなどわからない。だけど臨也がこの部屋に泊まった次の日、寝るときに横になると臨也の匂いがかすかにした。自分が吸う煙草の匂いではなく、もっと軽い、深く吸い込んでも苦しくない、いい匂いだ。そうか、あれはこういうときに枕にしみこんでいるのか。
「美味しい?」
枕に顔をつけたまま、臨也が訊ねる。
「うまい」
なんだ、まだ食べたいのか、と思いながら遠慮せずに最後の一口を口に入れたら、臨也が軽い動きで飛び起きたかと思うと、静雄の唇を割って舌を入れてきた。その舌が、まだ飲み込んでいなかった柔らかい塊をかすめとっていく。
静雄から奪ったそれをごくりと飲み込んで、臨也がにこっと笑った。
「やっぱりぬるいプリンはあんまり美味しくないな。余計甘い」
「……腰が立たねぇと言うわりには、素早い動きじゃねぇか」
「やだなぁ、立たないよ。ほら。もうベッドから起き上がれない」
わざとらしく再びベッドに横になった臨也が、ベッドについていた静雄の手に指を絡めてくる。触れ合っている少しの部分が、じわっと溶けた気がした。
「でも俺よりも弟のプリンのほうが大切なシズちゃんはなんとも思わないか。つまり俺のことを欲しくないってことだ。プリンさえあれば満足。そういうことだろ?」
「おまえはプリンよりうまいのか」
「どうだろう?それを決めるのはシズちゃんじゃない?俺の理解を超えるほどの甘党だし」
「てめぇは苦いんだよ」
そう言うと、臨也がぱちぱちと瞬きをした。
臨也は、見た目は十分甘く通るだろう。糖尿病だって夢じゃない。高校の頃もこの見てくれに夢中になっていた女子が何人もいた。だけど中身は決して甘いだけじゃない。むしろ苦さのほうが多いくらいだ。
それを知っているのは、自分と、……誰だ?
絡んだ手にぎゅっと力をこめると、臨也が笑みを深くした。
「シズちゃんがそう言うなら、そうなのかも。でも、俺をそこらへんの食べ物といっしょくたにしてもらったら困るなあ」
「だったら味見させろよ。他になんの味がするのか調べてやるよ」
作品名:苦さも甘さ 作家名:きな山