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 びええええ、と幼い泣き声が茜色に染まった空に響いていた。
 一人ぼっちでサトウカエデの幹に取り残されているマシューは、片手でしっかりと太い主幹に縋り付き、もう片方の拳を目元にくっつけて、甲の部分にぽたぽたと大粒の涙を落としている。
「はぁ? カエデの樹に登った? 梯子が壊れてマシューが降りられない? 何やってんだよお前らは」
「いいから、早く来てくれよアーサー!」
 家のほうから弾けるような喧騒が聞こえてきて、アルフレッドの小さな手に引っ張られたアーサーが、中腰のまま半ば引き摺られるようにして玄関から飛び出してきた。
 マシューの家の門扉横に聳える大きなサトウカエデの樹の、幾重にも分かれた枝先の最下層部分に、普段の大人しさからは考えられないような弾けっぷりで大泣きをしているマシューを見つけて、アーサーはあちゃー、と頭を抱えた。
 一番低い枝とは言っても、ゆうに建物の二階部分に相当する高度を誇っていた。大人ならまだしも、子供が飛び降りたら確実に怪我を負うだろう。凹凸の少ないすらっとした樹なので、胴部を伝い降りてくるのも難しそうだ。
「おい、マシュー、無事か!」
「マシュー、もう大丈夫だぞ!」
「……ううっ」
 大きな兄と小さな兄に呼びかけられて、水っぽくなった鼻をずびびと啜ったマシューは恐々と下を見下ろした。
 二人が来てくれたのはとても嬉しかったけれど、状況が変わったとはとても思えない。がさがさした樹皮に必死にしがみつきながら、マシューは絶望的な呻き声を漏らした。
「だ……だいじょぶじゃ、ないよ……っ」
 唯一の通行手段だった梯子は、真ん中から真っ二つに割れて無残な姿で樹の根元に転がっている。
 そもそも梯子が壊れてしまったのは、アルフレッドが樹を下りている最中に「ここからジャンプして飛び降りたらヒーローみたいにカッコイイんだぞ!」と意味不明なことを言い出したのが原因だった。彼自身はとても華麗に地上へと降り立ったのだけれど、勢いをつけるために強く梯子を蹴った拍子に、掛けていた幹からズレて、無残にも地面に叩きつけられる羽目になったのだ。木製の梯子がどんな悲惨な状態になったのかは言わずもがなだった。
(うう……こわいよ……さむいよぉ……)
 空はどんどん暗くなって夜に近付いており、それに伴い外気温も下がっていて、三人の口からは呼吸のたびに白い息が吐き出されていた。
 加えて明らかに機嫌を悪くしているアーサーの険しい双眸を目の当たりにしたマシューは、只でさえ細い神経が更に縮こまって行くのを感じた。
(ひぇええ……)
 見たことの無い角度から見下ろす二人の顔は、疑心暗鬼からか、絵本に出てくるモンスターのようにゆらゆらと歪んで見える始末だった。ひっ、と乾いた喉の粘膜が引き攣れる。
「こ……こわいよぉ……うわぁぁぁん!」
 幼いマシューはひたすら幹に抱きついたまま泣き叫ぶことしか出来ない。
「あーもう……どうしろってんだよ……」
 怯え切った様子の幼い弟に、アーサーは困窘に暮れかけたが、どんなに脳味噌をフル回転させても解決方法は一つしか編み出せそうになかった。
「よし、マシュー。落ち着いて聞けよ」
 組んでいた腕を振り解いて、届かない距離を少しでも縮めるように、弟に向かって腕を伸ばす。
「そこから飛び降りろ!」
「……!」
 放たれた台詞に、マシューは耳を疑った。
「えええっ」
 信じられない命令に、泣いていたのも忘れて叫んでしまった。その選択肢は、マシューの中で最大のタブーとして導かれていた結論だったのだ。
「いやです、絶対にむりです!」
 冗談じゃない。飛び降りるくらいなら数時間この場所で待機しているほうがよほど安全だと思えた。ふるふるふると鞭打ちになる位に勢い良く首を振る。
「いいから来い! 絶対受け止めてやるから」
「いやです! あたらしいしい梯子買って来てくれるまでここでまってます!」
 頑なに拒んで、マシューは此処から離れてなるものかとカエデの樹にぎゅうっとしがみ付く。
「我侭言うなっ。そんなところに登った自分が悪いんだろうが!」
「うわぁぁぁん、好きでのぼったんじゃないのにー!」
 涙ながらに訴えると、アーサーは二度、目をぱちぱちと瞬かせて、足元に佇んでいるアルフレッドを見下ろした。
「……そうだよな。マシューがそんなことするわけねぇか」
 悪かったなマシュー、と軽いノリで片手を上げて、アーサーは空いているほうの手で傍らのアルフレッドの頭をパコンと殴り飛ばした。なんだよー、と柔らかな金髪を押さえて、無邪気な弟は唇を尖らせている。
「不可抗力だったのは解かった! でもな、これからは断るだけの強さも身に着けろよ。じゃないとお前は、一生アルに面倒かけられっぱなしになるぞ」
「それもいやだよー……」
 えぐえぐと嗚咽を漏らして、マシューはふわふわの髪の毛を振り乱す。
「ほら、いいから、さっさと飛び降りろっつってんだ!」
「びぇぇええええっ」
 ドスのきいた低い怒声に、マシューの恐怖心と泣き声はますますエスカレートしていった。完全にいたちごっこ状態だ。
 ち、と舌打ちして、アーサーはちらりと周囲に視線を走らせた。
 このままで押し問答を続けていたら、すっかり夜になって辺りは濃闇に包まれてしまうだろうし、上着を着ていないマシューは風邪をひいてしまうかもしれない。
 一刻の猶予も残されていないと奮起したアーサーは、くわ、とこめかみに青筋をたてて咆哮した。
「いいからマシュー、俺を信じろ! 信じられなくても全力で自分を丸め込ませろ!」
「そんなぁ……」
 勝手すぎる言い分にすうっと血の気が引いていく。
(だって、落ちたらぜったい痛いよ……血がでちゃうかもしれないし、骨だって折れちゃうかも……)
 考えただけも顔が蒼ざめてしまう。絶対に厭だ。
 危窮に瀕して怯臆の真っ只中に居るマシューに追い討ちを掛けるように、アーサーの苛立ちを帯びた声音が飛んできた。
「 馬鹿野郎! いいから、さっさと飛べ!」
「……っ」
 度迫力の剣幕で怒鳴られて、ビクッと背中が揺れた。弟のアルフレッドには、いつも本気で怒ったり叱ったりしている癖に、自分にはいつもあやふやで、当たり障りの無い態度しか取ってこないと思っていたアーサーに、初めて浴びせかけられた怒号だった。知らないうちに優等生の見本のようにピンと背筋が伸びていた。きゅっと顎を引いて唇を噛み締める。
「絶対、受け止めてやるから」
 きっぱりと言い切って、アーサーはマシューに向かって両手を広げ、厳格なまでの真剣な眼差しを向けた。
「来い、マシュー!」
「…………っ」
 アーサーの掛け声に誘われるように、マシューは無意識のうちに、斜め前に身体を傾がせていた。
 ふっ、と世界が逆流した。
 内臓が持ち上がるような浮遊感に次いで、ごおおっと自分の身体が凄い勢いで風を引き裂く音を聞いた。重力に従いどんどん加速していく。猛スピードでぐしゃりと地面に叩きつけられるイメージが思い浮かび、余りの恐ろしさに気を失いかけた。
「…………!」
作品名:0701 作家名:鈴木イチ