愛に生きて
「こ…こんな、こんな私でも、兄上のお志の、お役に立てるのでしょうか?」
ぼろぼろと後から後から涙は白い頬を伝う。堤防が壊れちまった堤みたいだ。
ものすごく悲しかった。
俺は、こいつを護るんじゃなかったのか?
何だってこんな心配させてるんだろう。
目の前のでかいことにとらわれて、俺は何を忘れていたんだろう。
ちょっと目を離せばすぐ失くしてしまうものなのに。
そしておそらくは、二度と見つからないものなのに。
ああ、こいつは、俺の失くしかけていたものを拾ってくれたのか。
「権。」
小さな弟の細い両肩をつかみ、真正面から瞳をぶつけた。
「お前は今だって俺の役に立ってるじゃねえか。」
「兄上…。」
「だから、そんな悲しいこと考えるな。な?」
「…権は… 権はお役に立ちますか…?」
「ああ、立ってるって。お前は頭が良いんだ。そういう細かくって、難しいことを沢山、沢山考えて、俺に教えてくれ。良いな?」
「はい…。」
「俺が忘れてたり、見落としたものを全部考えて、教えてくれ。今までみたいに。な?」
「はい…!」
「いい返事だ…!」
細い体をそっと、でも確りと抱きしめる。
まだ子供の香がする体を、腕の中に感じて、愛しさを胸の奥まで吸い込んだ。
俺たちは、何時まで、こうしていられるのか。
時は乱世。
ちょっと河の向こうに目をやれば、
血なまぐさいことばかりが起こっている。
あと二年もすれば、自分は父親の意思を継いで
その舞台に立たなければならないだろう。
其の時に、
自分達は、自分達のまま、
何時まで立ち続けていられる?
親が子を喰らい、子が親を殺す時代に。
なあ、権。
忘れるな、権。
もし、もしも近い未来に悲しいことが
お前にのしかかってきたり、
辛い事があったしてもさ、
頼むから、
思い出してくれよな。
たとえ俺が忘れたとしても、
お前だけは覚えててくれ。
俺たちには俺とお前のお互いがいて、
ほかの兄弟やおふくろたちがいて、
頼りになる部下が大勢いて。
すっげえ、すっげえ
愛されてるんだってことを。
忘れんなよ。
俺たちは、お前は、愛されてんだよ。
だから、
そのことを思い出したら
お前の、その奇麗な目で
美しい目で
ずっと見ててくれよ。
ずっと見つめててくれよ。
愛されてるんだ。
幼い体からは力が抜けきって、いつの間にか規則正しい寝息が聞こえていた。
その確かな重みを、俺はずっと抱きしめ続けていた。
一生、こいつがその事を忘れないようにと。