クラウス オールマイティ
伯爵がそっとZの頬に手を添えた。とろんとした瞳でZを見つめる。Zは見つめ返しながら、伯爵はちょっと頭を打ってふらふらしているのかもしれないな、などと考えていたら、突然シャツの後ろ首を掴まれて、伯爵と引き離された。
しかし、伯爵ははっきりとした非難を少佐に向けた。
「なにするんだ少佐!」
「お前こそ何しようとしてたんだ」
「キスだよ」
「断じて許さん」
「君にはしないよ。私の愛するZ君にだけ」
にこっと伯爵はZに笑いかけた。
少佐は無表情だった。
しかし、情報部内に冷気が湧き上がってきたような寒気を多数の部下とボーナム君は感じた。
寒冷前線を知らずににこにこする伯爵の周囲だけは、彼の金色のふわふわした巻き毛もあいまってなぜか暖かさを醸し出していた。
「Z君愛してる」
「え…」
突然すぎる告白にZは目を丸くした。
少佐は何か言いかけたが、間に割って入ったのは違う声だった。
「ちょっと待って!」
Gが寒冷前線から飛び出してZに駆け寄った。
「あたしも…Zのこと好きなの…」
再び少佐が何かを言いかける前に部下の中から驚愕の声が上がった。
「G!いちご柄のマフラーはどうするんだよ…!Zにやるのか!?」
D、ちょっとお前熱すぎじゃないか?なんで?と思いながら傍らのEは予想を立てた。
「Zにはアームカバーとかになるんじゃないか」
「そうね…いいかもしれないわ」
「…おれ、もう手伝ってやらないからな」
DはGを見据えていった。怒っているように聞こえる。
Gはちょっと困った顔になったが、Zの方を振り返ってその大きな手に自分の手を重ねた。
「Zに手伝ってもらうわ。一緒に作ってほしいの」
できれば僕は手袋が欲しいんですけどG先輩、と思いながらZは寒冷前線と温暖前線の境目で翻弄されていた。
上手くないしわ寄せじゃないか。
少佐はちらりと天井を睨みあげた。
(バランスの問題だよ、少佐)
部長似の神の声が降ってくる。
(この世界のあらゆる物事は常に一定の比率が守られなければならない)
(だから彼らの恋心は他の対象へと移らねばならなかったのだよ)
だからって、この対象でなくてもいいだろうが。
(いらないといったのは君だがね。自分を好きだった者が、いざ他の対象に好意を移すのを見るのは不満かね?)
ややこしくなっていて耐え難いだけだ。
それにZもいい迷惑だろう。
DがZに詰め寄った。
「Z、はっきり言ってやれ。アームウォーマーなんていらないだろ?」
「そうですね…あんまり使わないと思います。手袋が欲しいですG先輩」
「じゃあ伯爵とあたし、Zで3人おそろいのを作るわね!」
「Z~!!」
「なんでお前、そんなにこだわってんの、D」
「ほ、ほっとけよ…E…ただおれは…」
(なかなか楽しくやっていけそうじゃないかね?これが全て収まる大団円なのかもしれないのう)
少佐は応えなかった。
伯爵がZに語りかける。
「約束するよ。これからは君だけだ」
あの浮気性がおそらく守ったこともない言葉だと聞いていた少佐は思った。
煙草が欲しくなる。
「泥棒にだまされてはなりません!」
その時、勢いよくドアが開かれた。
「そしてオカマにもですZ君!」
部内全員があっけにとられて、まさかと思った。
突然現れたSISのチャールズ・ロレンスはフロア全体に響き渡る拡声器を持って、一世一代の告白を皆に知らしめた。
「Z君は私の運命の人です!」
「…え?」
Zは青ざめた。慌ててロレンスに制止の声を掛ける。
「ロレンスさん、ちょっと待ってください…!」
「なんです?私の運命の恋人Z君」
至極真面目な顔で呼び返したロレンスに絶句したZの背後から、少佐の声が投げられた。
「Z君、軍法会議ものだな」
振り返って見た、煙草をくゆらせながらそう皮肉った少佐の横顔は、気のせいかなんだかすごくうれしげだった。
どんな嫌味が続くのかとZは思わず身構えたが、続いた言葉は意外にシンプルなものだった。
「困っているかね?」
「え、はい…とても」
「そうか」
近くにあった灰皿を引き寄せて、少佐はそこへ煙草をもみ消した。
「部下に尻拭いをさせるのはおれの本意としない。そのために部下が男色行為で軍法会議などもってのほかだ」
そして、少佐の口元が軽く歪んだ。
「『返して』もらうぞ、Z君」
なにを『返す』のか、Zが問い返す間は与えられなかった。
全ての窓が再び開き、さっきは押し流したものを嵐は数倍にも増した激しさで逆流させた。
少佐以外の記憶を流し、伯爵の薔薇が部屋に舞い狂う。
全てが元通りに。
全員が嵐に倒れた中、少佐はまた一人立っていた。
嵐が去り、皆まだ倒れ伏せている間を進んで、伯爵の傍に屈んでその腕を掴み上げた。
「おい、起きろ」
引っ張り上げると、伯爵から花びらがはらはらと落ちる。
伯爵の青い瞳が何度か瞬きをした。
腕を掴む少佐に気がつくと、まるで面白いことを発見したかのように目を丸くした。
「私は捕まってしまったね」
「逃げられると思ったか?」
「どうして君に捕まえられたかわからないよ、いつのまに…」
「誕生日だからといって花をまき散らしに来るような奴への対抗手段だ」
そう、今日だけ自分は全能の力を持っている。
全てが自在だ。
しかし。
「さっきなんだかすごい風吹きませんでした?だから思わずしがみついちゃったんですよ。Z君の腕のぬくもり、安心できました…ああ、この新鮮な感動!」
「あ、あの…できればもうどいてくれませんかロレンスさん…」
「大変!いちごのマフラーが入った包みがないの!」
「ひとに手伝わせといて失くすなよ?」
「おーい全員点検開始!」
「いつも伯爵がすいませんねえ」
「朝から覚悟してましたよ。もう毎年のことですしボーナムさん」
「なあ、間食なしでも、おやつは食べていいんだよな。おれ、いつか死んじゃうよ」
Bのお腹がくうと寂しげな音を皆に聞かせた。
すると、計ったようなタイミングで再びドアが開いて、土産を片手に部長が帰ってきた。
「少佐、誕生日おめでとう!パリで買ったケーキいるかね?」
この騒ぎを止められる力はどこにあるのだろうか。
ENDE.
作品名:クラウス オールマイティ 作家名:bon