セビリアの剣
建物を離れてしばらくしてもスペインはまだ怒りが収まらないという様子だ。黙ったままだったスペインが、プロイセンの方を向いて睨みつけてきた。明らかに機嫌が悪い。
「で、なんでナイフ出さへんかったの? ぷーちゃんあんなんに好きなようにさせるような子とちゃうやろ」
「お前んちの奴らだろうが、そう簡単に傷つけられるか」
「アホやないの、プーちゃん。気使うトコ間違ってるで」
さっきからアホだとか言い過ぎだこいつ。他の奴のうちを訪問していて足を踏み入れた途端に問題を起こすなんて、無作法にも程がある。穏便に済ませようとそれなりに考えたっていうのに。
「それに多分俺んとこの奴やあらへん。欧州中からあの手のが集まってきてえらい迷惑しとるんや」
なんだそれなら遠慮する事は無かったぜ。せっかく気を使ってやったのに。そう答えたプロイセンにスペインがようやく笑みを見せる。
「ええ子や。気持ちは嬉しいんやけどね」
優しい笑みにほっとしていると、プロイセンに合わせるように少し屈んだスペインの腕が伸ばされる。撫でて貰えるのかと思ったら、行き先は全く予想したのと違う場所だ。
「ふぇ? 何しやがる!」
スペインに急に抱きあげられてプロイセンは浮いてしまった足をばたつかせた。
そりゃ確かに体格的にはまだスペインには及ばないかもしれないが、それでもこちらは喧嘩上手で知られた元騎士団だ。国としてはまだまだかもしれないが、それでもそれなりにちゃんと成長だってしている。そんな簡単に抱きあげられてたまるか。
「お仕置きや、このままうちまで行くで」
「下ろせって! 別に怪我した訳でもねぇんだから歩けるっつーの!!」
「嫌や。プーちゃんほんまアホちゃう?」
そう言ってスペインが楽しそうに笑う。なんだか分からないが機嫌が直ったようなら良かった。いつの間にか陽気な笑みを浮かべているスペインの首に手を回して落ちないようにしがみ付く。さっきとは打って変わって今はすっかり子供を相手にしている態度だ。
「ちぇ、さっきのお前はカッコよかったのに」
「何、俺カッコよかったん? プーちゃん俺に惚れてしもた?」
「なんでそうなるんだよ」
この体勢は気に入らないが、おそらくそれなりに距離があるだろう彼の家までの道を歩かずに済むというのならそれはそれで悪くない。馬に乗っているようなものだろう。
よりによってスペイン王国を馬扱いというのもあんまりだと思うが、彼が勝手にしているのだから文句を言われる筋合いは無い。こっちは抵抗したんだ。
プロイセンはすぐ近くにあるスペインの顔をじっと覗きこむ。明るい笑みは人のいい兄さんにしか見えない。
「なぁ、俺がヨーロッパ1の大国になった時はお前の事俺の右腕にしてやってもいいぜ」
そう言ってやると、スペインが驚いたようにプロイセンの方を見た。そして嬉しそうに笑う。
「えー、それより俺プーちゃんのお婿さんになりたいわ。そんでプーちゃんの膝枕で毎日シエスタや!」
「そんな役に立たねぇ奴いらねぇよ」
全く、どうしてこいつはこうなんだ。前言撤回、精鋭揃いの騎士団にそんな奴は必要ない。まぁええやん、と宥めるように軽く背中を叩いたスペインにプロイセンは反論する気力を失う。
「楽しそうやろ?」
と言われてしまえばその通りだ。膝枕はともかく、シエスタが気持ちいい事に異論は無い。港町の雑踏を歩く振動が心地よくて、彼の家へ着くのを待たずに先に始めてしまいたいくらいだ。
そう思って、早く歩けとねだるように、プロイセンはスペインにぎゅっと抱きついた。