セビリアの剣
なんだよせっかく迎えが来てくれたのにとプロイセンは不満げに男を見上げる。わざわざ遠くから会いに来てやったっていうのになぜか怒っているらしいスペインが、怖い顔で近づいてきた。
「…………へ?」
静かな足音から恐怖を感じてプロイセンは思わず後ずさりそうになったが、腕を掴まれているのでそれは叶わない。
「その子に触るなや」
スペインが腰に下げていた剣を手に取った。いかにも実用的な使い込まれた剣だ。殺気を向けられてプロイセンは慌てる。何のために俺が抵抗の一つもせずにいたと思っているんだ。一直線に部屋の奥、プロイセンの腕を掴んでいる男の方へ向かったスペインの、邪魔をしようと立ちはだかる男はいない。何せ相手は世界最強国家だ。この建物の中にいる男達がそれを知っているとは思えないが、力の差は肌で感じている事だろう。直接殺気を向けられている訳ではないプロイセンさえぞわりとした悪寒が皮膚を走った。
「待てよお前!」
間近に迫ったスペインにプロイセンは制止の声を掛ける。けれど聞こえていないのか、スペインは黙って剣を振り上げた。
「っ!」
急に体の側面に強い力が掛かる。プロイセンの腕を掴んでいた男がプロイセンを突き飛ばしてスペインの剣を避けたのだと、すぐに気付いて体勢を立て直そうとするが、よろけた体は数歩先へ進んでスペインから離れてしまう。それと同時に背後に血の気配を感じた。多分さっきまで自分の腕を掴んでいた男のものだ。それを確認するよりも先に、目の前の男に服をケープを掴まれ引き寄せられる。
「こいつを助けに来たんだろ? 傷つけられたくなかったら剣を捨てな!」
まぁ実力差を理解したならこれくらいの手段はとるだろう。そもそも不測の獲物だったのだからプロイセンを大人しく手放した方が損害が少ないんじゃないかとは思うが、突然拠点へ入ってきた男の迫力に混乱しているんだろう。
腹を抱かれスペインの方に向き直されると、彼がプロイセンの背後にいる男を睨みつけているのが見えた。スペインが乱暴にちっと舌打ちする。足下には転がる男が一人。周囲にはまだ何人も仲間がいるが、彼相手に真正面から相手をしようなんて考える方が馬鹿だ。
そしてそもそも身を呈してまでプロイセンを庇う理由はスペインには無いはずだ。その上、今プロイセンの腹を抱いているのはさっき頬を撫でて来た男。さっきは黙っていたけれど、今はもう好きなようにされてやる理由は無い。攻撃してもいいなら話は違う。プロイセンを非力な子供だと思っているなら見る目をもう少し磨く事だ。
「残念ながらお前の戦術ミスだな」
ゆったりとした黒衣から素早く小刀を取り出すと、プロイセンは自分を抱いている男に切りかかった。武器を持っているとは思わなかったんだろう。竦んだような悲鳴と共に男の腕の力が緩む。それを振り払って飛び出すと、プロイセンはスペインに掛け寄った。
「助かったぜ!」
「は? なんでもっと早うそのナイフ出さへんの!?」
近づいてきたプロイセンを背後に庇うように立ったスペインに、怒鳴られてプロイセンはきょとんとする。別に怒られる程の事じゃないだろう。特に天候が荒れる事も無く船は無事セビリアに着いた、宿を探して待つ必要も無くスペインと久し振りに会えた、特に大きな問題は起きていない。
「……どうしたんだよ、お前」
「アホ! 自分が何されるトコだったか分かってへんの!?」
「どっか売り飛ばされる所だったんだろ? 別に危なくなったら逃げるっつーの。大袈裟だぜ」
「逃げられへんかったらどうするん? 取り返しつかんのやで!」
普段笑ってばかりいる相手なだけに、怒られるとちょっと怖い。けれどプロイセンよりこの部屋の男達の方が余程彼を怖がっているようだ。誰一人動こうとしない。行くで、とスペインがプロイセンに外へ出るよう促した。勿論スペインが迎えに来てくれたからにはここに長居する必要は無い。プロイセンが明るい太陽の下に出たのを見て、スペインが部屋の中にいる男達を見回す。
「二度と俺のものに手ぇ出すんやないで」
それを彼がどんな表情で言っているのか、プロイセンからは見えない。聞いた事も無いような声音だと、肌を焼くような熱い太陽の下だというのに冷や汗が流れそうになった。今はそうでもないが、先々は彼のような男も敵に回さなきゃならないんだろう。バタンと乱暴に扉を閉じたスペインが、とりあえず今敵じゃ無くて良かった。