わるいゆめ3
1.
叫び声が聞こえた気がした。
帝人の姿を求めて歩き回っていた池袋の片隅で、
争うような声が聞こえて、足を止めた。
もしや、と思って、声が聞こえたと思われる裏路地へ向かって駆け出す。
路地の入り口が近づいてきたとき、そこから、
青い、鮫の頭を模した目出し帽を被った一団が走り出てくるのが見えた。
帝人…!
その中に帝人はいないかと目を走らせるが、ほとんどが顔をすべて隠していて、
判断がつかない。
だが、その中の、顔を晒していた少年のうち一人に、見覚えのある顔を見つけ、
その腕をつかみ、無理やりひきとめる。
「お前、、っ、黒沼青葉か!」
突然の暴挙に、その少年は驚いたようだが、
こちらの顔を認めると、すっと目を細めた。
「…紀田、正臣。」
なんだてめぇ!、と、正臣を囲もうとする他のメンバーを、
青葉は手を挙げて制し、告げた。
「いいよ、お前たちは先に帰ってて」
「ま、待て!帝人は…」
「いませんよ、ここには。
場所を変えましょうか、紀田さん。」
ここではなんですし、と、先ほど青葉たちが叩きのめしたのであろう、
チンピラ風の男たちが息も絶え絶えに横たわる路地の中を示しながら言う青葉。
「ああ…」
先ほどの場所から少し離れた所にある空き地のような場所で、
正臣と青葉は対峙した。
こいつが、こいつが、帝人を----。
心臓がどくどくと音をたてるのを必死に沈めて、問いかける。
「お前、帝人に何をした。
あいつは、あいつはあんなことできるやつじゃない…!
一体何を帝人に吹き込んだんだ!!」
必死に言い募る正臣に、青葉は最初目を丸くして、それから、
笑い出した。
「なっ!?」
馬鹿にされたと感じた正臣は気色ばむが、青葉は気にせず笑い続けた。
何をした、何をした、だって!?
青葉は耐えられず、腹を抱えて笑った。
これは傑作だ!!
何がおかしい!と声を荒げる正臣をよそに、
青葉はひとしきり笑い、しばらくしてから、
笑いすぎて目元に浮かんだ涙をぬぐいながら、口を開いた。
「あれが、先輩--竜ヶ峰帝人の本当の姿ですよ。
不思議な人ですよね。平凡そのものといった顔をして、
とんでもないことを平然とやってのける。
自分の犠牲も他人の犠牲も全く省みず。」
歌うように告げる青葉。
「本当に帝人先輩には驚かされっぱなしです。
--でも、長年一緒にいてそんなことにも気づかなかったなんて、
あなたは本当に先輩の親友だったんですか。」
酷く愉しげに、嘲りの表情を浮かべる青葉。
あからさまに挑発され、わなわなと体を震えさせる正臣。
その瞳に宿った激しい感情の色に、青葉は口元をゆがませた。
気づいていますか、先輩。
こいつが先輩に抱いている感情は”友情”なんかじゃない。
あの目をみろ。
大切な友人を案ずる目じゃなくて、あれはまるで、恋人を奪われて嫉妬に狂った男の目じゃないか!
愉しくて仕方がない。
また、笑い出しそうだったが、そろそろ切り上げどきだ。
けれど、最後にちょっとした嫌がらせをしてやろうと思った。
今にもこちらに殴りかかりそうな正臣を見遣って、青葉は、むしろ優しく告げた。
「先輩を抱きましたよ。」
告げた言葉の内容に、絶句する正臣。
「な、に、言って…」
何を言っているのか理解できない、という表情を浮かべる正臣。
「聞こえませんでした?
この前、帝人先輩を僕が抱きました。」
「う、嘘だ…!!」
平然と告げると、激しく動揺し、反駁する正臣。
「こんな嘘ついてどうするんですか。」
やれやれ、と肩をすくめる青葉。
「お願いしたら、簡単に許してくれました。
帝人先輩は、よっぽど「こっち側」が好きなんですねぇ。」
酷い顔色で震える正臣を嬲るように言う。
「帝人先輩にはもうあなたは必要ありませんよ。
先輩は自分が生きていく大好きな「非日常」の世界を見つけたんだ。」
あなたとは全く交わらない、ね。
愉しげに告げると、踵を返す。
ちらりと後ろを見遣ると、正臣は愕然とした表情で、縫いとめられたようにそこに立ちつくしていた。
そんなだから、何も守れないんですよ。
青葉は、心の中で精一杯正臣を嘲笑った。
叫び声が聞こえた気がした。
帝人の姿を求めて歩き回っていた池袋の片隅で、
争うような声が聞こえて、足を止めた。
もしや、と思って、声が聞こえたと思われる裏路地へ向かって駆け出す。
路地の入り口が近づいてきたとき、そこから、
青い、鮫の頭を模した目出し帽を被った一団が走り出てくるのが見えた。
帝人…!
その中に帝人はいないかと目を走らせるが、ほとんどが顔をすべて隠していて、
判断がつかない。
だが、その中の、顔を晒していた少年のうち一人に、見覚えのある顔を見つけ、
その腕をつかみ、無理やりひきとめる。
「お前、、っ、黒沼青葉か!」
突然の暴挙に、その少年は驚いたようだが、
こちらの顔を認めると、すっと目を細めた。
「…紀田、正臣。」
なんだてめぇ!、と、正臣を囲もうとする他のメンバーを、
青葉は手を挙げて制し、告げた。
「いいよ、お前たちは先に帰ってて」
「ま、待て!帝人は…」
「いませんよ、ここには。
場所を変えましょうか、紀田さん。」
ここではなんですし、と、先ほど青葉たちが叩きのめしたのであろう、
チンピラ風の男たちが息も絶え絶えに横たわる路地の中を示しながら言う青葉。
「ああ…」
先ほどの場所から少し離れた所にある空き地のような場所で、
正臣と青葉は対峙した。
こいつが、こいつが、帝人を----。
心臓がどくどくと音をたてるのを必死に沈めて、問いかける。
「お前、帝人に何をした。
あいつは、あいつはあんなことできるやつじゃない…!
一体何を帝人に吹き込んだんだ!!」
必死に言い募る正臣に、青葉は最初目を丸くして、それから、
笑い出した。
「なっ!?」
馬鹿にされたと感じた正臣は気色ばむが、青葉は気にせず笑い続けた。
何をした、何をした、だって!?
青葉は耐えられず、腹を抱えて笑った。
これは傑作だ!!
何がおかしい!と声を荒げる正臣をよそに、
青葉はひとしきり笑い、しばらくしてから、
笑いすぎて目元に浮かんだ涙をぬぐいながら、口を開いた。
「あれが、先輩--竜ヶ峰帝人の本当の姿ですよ。
不思議な人ですよね。平凡そのものといった顔をして、
とんでもないことを平然とやってのける。
自分の犠牲も他人の犠牲も全く省みず。」
歌うように告げる青葉。
「本当に帝人先輩には驚かされっぱなしです。
--でも、長年一緒にいてそんなことにも気づかなかったなんて、
あなたは本当に先輩の親友だったんですか。」
酷く愉しげに、嘲りの表情を浮かべる青葉。
あからさまに挑発され、わなわなと体を震えさせる正臣。
その瞳に宿った激しい感情の色に、青葉は口元をゆがませた。
気づいていますか、先輩。
こいつが先輩に抱いている感情は”友情”なんかじゃない。
あの目をみろ。
大切な友人を案ずる目じゃなくて、あれはまるで、恋人を奪われて嫉妬に狂った男の目じゃないか!
愉しくて仕方がない。
また、笑い出しそうだったが、そろそろ切り上げどきだ。
けれど、最後にちょっとした嫌がらせをしてやろうと思った。
今にもこちらに殴りかかりそうな正臣を見遣って、青葉は、むしろ優しく告げた。
「先輩を抱きましたよ。」
告げた言葉の内容に、絶句する正臣。
「な、に、言って…」
何を言っているのか理解できない、という表情を浮かべる正臣。
「聞こえませんでした?
この前、帝人先輩を僕が抱きました。」
「う、嘘だ…!!」
平然と告げると、激しく動揺し、反駁する正臣。
「こんな嘘ついてどうするんですか。」
やれやれ、と肩をすくめる青葉。
「お願いしたら、簡単に許してくれました。
帝人先輩は、よっぽど「こっち側」が好きなんですねぇ。」
酷い顔色で震える正臣を嬲るように言う。
「帝人先輩にはもうあなたは必要ありませんよ。
先輩は自分が生きていく大好きな「非日常」の世界を見つけたんだ。」
あなたとは全く交わらない、ね。
愉しげに告げると、踵を返す。
ちらりと後ろを見遣ると、正臣は愕然とした表情で、縫いとめられたようにそこに立ちつくしていた。
そんなだから、何も守れないんですよ。
青葉は、心の中で精一杯正臣を嘲笑った。