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ライナスの毛布と愛着理論

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それは、夕暮れ時の新宿御苑での出来事。



じい、と。
そんな音が聞こえそうな仕草で凝視され、鬼丸義王は僅かにたじろいだ。
下から見上げてくる視線は驚くほどまっすぐに義王の双眸を射抜き、瞬きすら忘れたかのように揺らぐことが無い。睨まれている訳ではないのだが、――どうにも居心地が悪いと思わざるを得なかった。
元々、義王はひとに見られる事を厭わない。自己主張が激しく、強いて言うならば目立ちたがりな節もある。己が他者の上に立っていることを自負して疑わないその性格の故に盗賊団の頭を務めているのも事実だが、如何に義王が尊大で傲慢な男であるとは言え、流石に相手が悪かった。
腕組みをして仁王立ちをしたまま、ちらと視線を僅かに下げれば無言で己を見上げる双眸と視線がかち合う。何処にでもあるような、濃い茶色の瞳が己を一心に見上げている様を確かめて、義王は何とかしてくれと腹の底で独りごちた。
見下されるのは我慢ならないが、こうして声もなく見上げられているのも中々に居心地が悪く、正直、向けられる視線が真っ直ぐ過ぎて、痛い。
或いはそれは、視線の主が秘宝眼持ちであるが故か。
義王が僅かに俯いて見下ろす先には、七代千馗が佇んでいる。先刻から義王を悩ませている視線の主は、他ならぬ彼だ。
千馗は洞を出てからこちら、じっと義王の顔を凝視している。彼の方が幾分身長が低い為に見上げるような形になってはいるが、現状において圧倒的優位に立っているのは千馗の方だ。見上げられている義王の方が、何やら居た堪れない気持ちになるのは何故なのか――千馗の視線には殊更に何らかの感情が籠っている訳ではないのだが、思わず一歩引いてしまいそうになるのは、幾許の後ろめたさがあるが故か、それとも総てを見透かしてしまう彼の瞳を知っているが故なのか。
しかし義王を見上げる千馗の眼は、いつもと変わらず濃い茶色をしている。虹彩が赤く輝いている訳でもなければ瞳孔が縦に裂けている訳でもないことから彼が秘法眼を発動していないことは明白であったが、余りにも真っ直ぐな千馗の眼差しに気圧されて、義王は半ば無意識の内に半歩身を引いていた。
らしくない、とは思う。思うのだけれど、。
得体の知れない居心地の悪さは圧迫感となって義王を襲い、ひたひたと音もなく押し寄せてくる。例えば千馗が怒っているとわかるならば対処のしようもあったのだが、彼はただ、義王を凝視するばかりで何も言わない。その表情は無表情に程近く、怒りの色も無ければ責めるような色もなく、それがますます義王を混乱させていた。
――何なんだ、一体。
言いたいことがあるなら言えば良い、と苦々しい思いを奥歯で噛み潰し、義王はふいと視線を逸らす。煮え切らない状況は義王にとっては最も苦手とするものであったが、さりとて千馗に強い態度を取れないのは惚れた弱みと言うものか、はたまた負け犬の遠吠えか。
七代千馗と言う男に出会ってからと言うもの、義王は彼に負け続けている。それは花札争奪戦然り、それに付随する一対一での勝負も然りだ。故に千馗に対しては、どこかで一歩引いてしまうのも事実なのだけれど、。
「義王、義王」
珍しくも悶々と思い悩んでいると、不意に表情を緩めた千馗が義王を手招きする。まるで犬や猫を呼ぶような仕種だな、と埒もなく思い、義王は僅かに眉間に皺を寄せた。
素直に従うのは癪に障る、が、――名を呼ばれた時に、一瞬とは言え嬉しいと思ってしまったのは、やはり惚れた弱みだろうか。
刹那の躊躇いの後、義王は小さく息をついて千馗へと一歩を踏み出す。先刻、半歩足を引いてしまったとは言え、互いの距離は然して遠くはない。そうして距離を縮めた途端、ぐいと肩に引っ掛けていた学生服の襟を掴まれて引き寄せられた。
「お、?」
予期せぬその行動に、義王は思わず上体を泳がせてたたらを踏む。自身が足を踏み出す動きに合わせて引き寄せられた為、足を踏ん張る余裕もなかった。その上、つんのめるようにバランスを崩した義王の襟を掴む千馗の手は緩まない。むしろ一層力が籠ったように感じたのは、義王の錯覚であったのか否か。
「――!?」
何をするつもりだと、叫びかけた声は喉の奥に詰まって、消えた。
強く襟を引き寄せられ、引き下げられて、強引に俯かされた義王の唇は、温かく柔らかいものに塞がれている。がつ、と鈍い音を立てて硬いものが前歯に当たる衝撃が頭蓋に響き、目の前に小さく星が散った。
一瞬、思考が止まる。
大きく瞳を見開いた義王の視界には、至近に迫る千馗の顔がある。近すぎて焦点を失った視界はぼやけてはいたが、それは紛れもなく千馗の顔だ。長く揃った睫や意外と鋭い目尻を見るともなく見つめていると、唇に触れたものが柔らかくゆるやかに蠢いた。
――ちょっと待て、これは、まさか。
漸く少しだけ動き出した頭の中で、己の声が反響する。
何の前触れもなく、唐突に行われた行為に頭が付いていかない。が、置き去りにされた思考はそのままに、どくりと大きく跳ねる鼓動や熱くなる首筋は否応なしに現実を認識していた。
義王の目の前で――睫の先が頬に触れるような至近距離で、千馗の双眸が笑むように眇められる。ちゅ、と幽かに濡れた音が聞こえたのは、幻聴ではなく。
啄むように唇を吸われ、次いでぬるりとしたものが同じ個所を掠める。温かく濡れたそれが舌先であることに気づいた刹那、義王の背筋をぞくりとしたものが這い上がった。
「・・・・・・・・ぅ、」
余りの驚きに硬直したまま、義王は辛うじて呻き声に似たものを漏らす。一体どうすれば良いのかわからないのだ、――凍りついたように手足はおろか思考も動かず、そもそも以前義王が秘法眼を見せろと迫ったついでに目元を舐めただけで泣きそうな顔をして腹を蹴り上げ頬を張り倒した千馗が、何故こんなことをするのかが理解出来なかった。
予期せぬ不意打ちに眼を白黒させながら、義王は果たしてどうするべきかと必死に思考を巡らせる。巡らせているつもりなのだが、一向に建設的な考えが浮かぶことは無く、相変わらず頭の中は空白に程近い状態を保っていた。焦燥や混乱が義王の頭蓋の内側を埋め尽くしてしまい、他の総てを押し出したかのようで、。
だからこそ義王は、襟首から離れた千馗の手の動きに全く気づくことが出来なかった。
互いの唇を触れ合わせたまま硬直している義王の髪が、不意にざわりと揺れる。米神や額を擦られる感覚に眼を瞬いた義王は、次いで視界に降り落ちてきた赤を認めてぎょっと両目を見開いた。
「な、」
ゆらりと眼前で赤いものが揺れ、額を柔らかく擦る感触。まさか、と声にならない叫びを上げると同時に音もなく千馗の唇が離されて、義王は思わず立ち竦んだ。
一歩を後退した千馗が、僅かに眼を見開くのがわかる。その顔に浮かんだものは驚愕に似ていたが、それは間もなく満足げな笑みに変わっていった。
一体、何を見たのだと――そう問うより早く、義王が見たものは千馗の右手に握られている、見慣れた緑色。
――まさか、それは。
「やっぱり、予想通りだなぁ」
作品名:ライナスの毛布と愛着理論 作家名:柘榴