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ライナスの毛布と愛着理論

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赤くなったり蒼くなったりを繰り返す義王の顔を再びまじまじと眺めやりながら、千馗が独白のように呟く。先刻に比べて――キスをする以前に比べて、だ――大分柔らかさを増した視線を真正面から受け止めて、義王は頬を引き攣らせた。
「てめぇ、それ、」
「銭湯でもデコ出さないからおかしいとは思ってたんだけど・・・・義王、実は結構童顔なのな」
「!」
「あの時から気になっててさぁ。・・・・で、この前の仕返しも兼ねて、ね」
絶句して立ち尽くす義王の顔を眺めやり、にんまりと千馗が笑う。してやったり、と言わんばかりのその表情には、あの時――戯れに目元を舐め上げてやった時の初々しさや可愛らしさは欠片もない。
咄嗟に義王が考えたことと言えば、これならあの時にキスの一つ二つはしておくべきだったとか、いやいっそあの時襲ってしまえば良かったとか、、そんな埒も無い事ばかり。瞬間的にかっと頭に血が昇り、目の前がくらくらと揺れた。普段はバンダナで押し上げている赤い前髪もまた、ゆらゆらと揺れる。
――確かに千馗の言う通り、なのだ。
義王が普段からバンダナで前髪を上げて額を隠し、以前銭湯へ行った時もタオルを額に巻いていたのは、自らの童顔を誤魔化す為に他ならない。骨格こそ骨太な義王の体躯は、しかし未だその顔については抜けきらない幼さを残していた。頬のラインは丸みを残し、頬骨は余り目立たない上に義王の双眸は丸く柔らかい輪郭を描いている。その目の形の所為で、相手を威嚇する眼光の鋭さが半減してしまう事が、義王の持つ最大のコンプレックスだった。
そして思いの他優しく柔らかい目元を隠して誤魔化す為、いつからか義王は額を隠すようになった。額を隠せば目元に陰が落ち、瞼の柔らかな輪郭を誤魔化すことが出来るからだ。最初はただ、己の弱みを少しでも塗り潰そうとした結果だったのだが、――いつしかそれが当たり前になってしまうと、人前で額を晒すことが恐ろしくなった。
バンダナを巻いた己の顔と、それを外した素顔の己。その差は僅かであると義王自身も思うのだけれど、。
「義王」
名を呼ばれて、びくりと身体が震えてしまう。頭が、頬が沸騰したように熱いのは羞恥の所為か、否か。
しかしそんな義王の葛藤など微塵も知らない千馗は、不思議そうな顔を隠そうともせずに義王の顔を覗き込んでくる。全く悪びれた風の無いその表情に苛立ちを覚えないと言ったら嘘になるだろうが、さりとて罵声を浴びせ、拳を握ることすらも出来ない程度には義王の感情は混乱していた。
弱みを握られた、と。
瞬間的に思ってしまったのは何故なのか。
弱みなら既に随分と晒してしまっているのだと、何処か自嘲めいた己の声が思考の片隅を掠める。何を今更、と思わない訳ではないのだけれど。
どう反応すれば良いのかわからずに硬直している義王の頬に、千馗の掌が触れる。露になった米神から頬にかけての輪郭をゆるりと撫でられ、額にかかる思いの他長い前髪を掻き上げられた。
「別に、隠さなくたっていいだろう?」
「・・・・・・・・・・・・、」
何を暢気な事を、と叫びたいのに、声が出ない。
おまえは俺の事を何も知らない癖に、と言いかけて、寸でのところで言葉を噛み殺した。
千馗を罵倒してしまうのは余りにも簡単で、しかしそれは八つ当たりに過ぎない。彼は唯、――少々その手法に問題があったことは事実だが――己の好奇心を満たそうとしただけなのだ。それに対して文句を言いたいのは山々ではあったのだが、欲しければ奪えと散々彼に言い続けてきたのは義王自身である。今更前言撤回など出来はしない。
千馗は暫く義王の前髪に指を絡めて弄んでいたが、やがて飽きたのか、それとも義王の不機嫌を読み取ったのか、不意に義王の前髪を掌で後ろに撫で付けるようにして手を止めた。
赤い髪が目の前から消え、其処に広がるのは普段通りの義王の視界だ。記憶に欠片も残っていない、産みの親から授かった髪の色さえ劣等感の源なのだと告げたなら、目の前の男はどんな顔をするのだろうかと埒も無く思う。下らないと笑うだろうか、可哀想にと薄っぺらな同情をして見せるのだろうか。
そのどちらもいらないと腹の底で独りごち、義王は千馗の手の中からバンダナを奪い返そうとしたのだけれど。
「俺は、こっちの方が好きだな。可愛いよ、義王」
「――――」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
確かめるように義王の顔を覗き込む千馗の瞳は薄赤く発光し、その瞳孔はきゅうと小さく窄まっている。まさか反応を観察されているのだろうか、と普段の義王であれば咄嗟に疑ったのだろうが、今の義王にその余裕は無い。
笑うでもなく、諂うでもなく、慰めることも無く。ただじっと己を見つめる視線を見返して、先刻の千馗の言葉を脳裏に反芻し――義王は今度こそ、全身の血が沸騰するような感覚に襲われて眩暈を覚えた。
――この莫迦は、今何て言った?
「あ、おい!?」
千馗の悲鳴染みた声が鼓膜を鋭く打ち据えたが、義王はそれを完全に無視して踵を返した。そして千馗が次の言葉を発する前に、全力で走り出す。背後から千馗が何かを喚く声が聞こえたが、振り返ることは出来なかった。何処か目的地がある訳ではない、行く当てなど考えてはいない。ただ、此処から――千馗の前から逃げ出したかった。
どうしてあんな恥ずかしい台詞を真顔で吐く事が出来るのか、義王には理解出来ない。そもそも何処をどうやったら自分のことが『可愛い』のかが義王にはまるでわからなかった。否、そもそもわかりたいとも思わない。
あいつはおかしい、狂っていると、全力疾走を続けながら義王は呪文のように呟き続ける。息が切れて視界が滲み、冬の夕暮れが酷く目に染みた。心臓がどくどくと過剰なほどに早鐘を打ち、全身を巡る血液は沸騰したように熱い。屹度、今鏡を見たら茹蛸のように真っ赤な自分の顔が映るのだろうと埒もなく思い、其処で漸く義王は気付いた。
――奪われたバンダナを、取り返すのを忘れていた。
一瞬、踵を返して取り戻しに行こうかとも考えたが、一体どんな顔をして千馗に会えば良いのかわからない。そもそも、一方的に逃げ出しておいて今更戻れる筈も無く。
「バンダナ返しやがれあの野郎ォォォォォォ!」
腹いせに吼えたその言葉は、幸いにして誰の耳に届くことも無いまま夕暮れに赤く染まる空へと消える。
羞恥と焦燥と敗北感と、そして僅かな安堵と充足を抱えたまま、義王は走り続けた。
今は唯、頭の中が空になるまで走りたいと、思った。






「・・・・行っちゃった」
脱兎の如く駆け去って行く義王の背中を呆然と眺め、千馗は己の手の中に残されたバンダナをひらひらと振った。折り皺のついたそれは、思いの他丁寧に畳まれた状態を保ったまま、緩やかに吹き抜ける風に端を揺らす。何も奪い取るつもりは無かったのだけれど、と独りごちて見るものの、返す相手は既に宵闇に紛れて消えた後だ。別にそれほどおかしなことを言ったつもりはなかったのだが、と置き去りにされたバンダナを眺めつつ小首を傾げていると、不意にとん、と背中に何かが張り付いた。
「・・・・・・・・千馗」
「あ、燈治」
作品名:ライナスの毛布と愛着理論 作家名:柘榴