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それでも皮肉なことに世界は終わらないし終われないのだ

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「よぉ、フリッピー」
 迷彩柄の服、大振りのサバイバルナイフ、胸元で光を反射するドッグタグに、薄い緑色をした髪の毛。ここまでだと鏡越しのようなのだけど、決定的に違う点が一つある。彼の瞳は酷く赤いのだ。まるで血を煮込んだかのように赤黒く、気味の悪い色合いをしている。
 無論想像だ。彼は僕であり、僕の身体は彼の身体でもあるのだがら、赤い瞳をしている可能性は皆無である。ただ、そう僕が錯覚をしているだけであって、外から見た『彼』は僕と同じ色をした瞳をしているだろう。
 終わりのない自問自答に呆れながら、溜息を付けば、フリッピーはこちらへと近付いてきた。
 錯覚。彼と僕はただ夢と現実の狭間、空想という脳に作られた部屋へ閉じこめられているだけなのだから。
 尖ったナイフが僕の喉を捉えた。すす、と傷は付けないものの、痛みが残るように刃で肌を撫でられる。
「…………っ、」
「ははははっ! そそられる顔すんじゃねぇか」
 最後に力をこめられたのか喉元を血が流れていくのを感じた。思わず手で押さえれば、フリッピーも顔を歪めていた。
「僕を傷付けても、君に価値も意味もない。だって君も傷付くのだから」
「こんなのは痛くも痒くもねぇ。それより、人を殺させてくれ。ズタズタにぶっ殺してえのに、アンタがいっつも止める所為で滅多に殺せやしない。この町は死んでも生き返るんだぜ?」
 彼の言う通りだ。この町に明日はなく、昨日もなく、今日しかない。死んでは復活し続けて、殺される痛みを何度も何度も味わっても、死ぬ事がここの住民には許されていない。そんなの生き地獄に決まってるのに、目の前の男は相も変わらず笑っていた。
「他人なんざ知らねぇよ。陥れ、謀り、呪い、痛み付け、嘲笑い、気に食わないのがいたら讒言して。他人は所詮は他人なのに救いたいだなんて、英雄に毒されたんじゃねぇの?」
 そう言われ、思わずスプレンディドを連想した。自信をヒーローと称し、(空回りも多いが)他人を助ける為だけに町中を飛び交っている男。赤い目隠しを付け、マント羽織った姿で颯爽と現れた気がする。どうやら僕が面識ある人も認識出来るようで(僕はフリッピーが見たものを半分くらいも認識出来ないのに)彼はそう、吐き捨てるように言った。
「スプレンディドは関係ない。僕はただ、戦争以外で殺すのは勘弁して欲しいだけだ」
「どうして? 戦争の時はあんなに喜び勇んで、二人で殺しまくったのに!」
 顔を腕で覆い、泣いた真似をし始めた。本当に泣いているらしくて、僕の服の袖がじんわりと湿ってくる。気持ち悪い、脱ぎ捨ててしまいたいと思いながら我慢していれば彼は崩れるように倒れ込んだ。
 吊られて動く仕組みにはなってないものの、床へぶつかる衝撃は僕にもリターンされる。無論、ここは僕達フリッピーの頭の中でしかないので実際の身体自体にはなんらダメージはないのだが。
「好きで殺す訳ない! 僕はもう、悲しむ人なんか見たくなよ」
「あはははははははははははははは」
 急に頭が痛くなって無意識にしゃがみこんだ。どうしてだろうと彼を見れば、床に腕を叩きつけていたのだ。この床=僕の脳≠フリッピーの脳、らしく彼は飄々とした表情で腕に掛ける力を強めている。頭痛が酷くて視界が上手く定まらない。フリッピーが床を一段と強く叩けば脳髄が振動して、くらくらしてきた。
「痛……」
「この体はお前だけのものなんだな、フリッピー」
 彼がひらひら手を振りながら殴るのを止めれば、頭痛から解放されて、思わず大きく溜息を漏らした。頭蓋が飛び散るのではと思う程の痛みが柔らかく拡散した。
「君は僕を殺したいのか」
「いーや、ただ俺は人を殺したいだけだ。アンタでも誰でも変わりやしねぇ」
「どうして、僕を傷つけたら君も傷つくのに」
「じゃ、この床をぶちのめせばいい。そしたらフリッピー、アンタだけお陀仏じゃねぇか」
 ナイフのグリップを床すれすれでさまよわせていた。僕が気に喰わないを一つでも言えばグリップを地面に叩きつけるのであろう。つまり、僕は撲殺をされた事になるのだろうか。
「なんてことを。僕が死ぬという事は即ちこの身体の死だと言うのに」
「っははは! 吐くなら、もっとマシな嘘にしやがれ、フリッピー!」
 彼がグリップを地面に思い切り突き刺した瞬間に意識が真っ白になった。
「ああああぁあぁぁああぁ!!」