Doubt_2
「おや、鋼の」
「よお。報酬もらいに来たぜ」
雑談に興じていた面々が振り返って手を振ってくるのに応えながら、エドワードはほらほらさっさと出しやがれと手を伸べる。
傍らで差し出された手を見下ろしながら、大佐は手にしていたカップをテーブルに置く。
「ついてきなさい」
「何処行くの?」
「先日モルガンの離れから没収された本はまだ分類されてないんだ」
その答えにエドワードの眉が跳ね上がる。
「んだよ、それ。何でそんな」
「モルガンは気付いていなかったようだが、私の押し込められていた離れにあった本の中には今は稀少な錬金術書が混じっていてね。暇だったから端から読んだが私もいい勉強になった」
「しかも大佐のお下がり・・・」
「古い本なぞ皆誰かのお下がりだ。報酬は稀少本2冊でいいといったろう」
いらないのか?と、目の前に保管庫の鍵をちらつかせられる。
エドワードは益々眉を寄せた。
「言ったけど。なんかあんた手抜きしてねぇか?」
「どのみちここの本は没収されて、分類後、モノによっては軍部に保管されることになるんだ。今持っていった方が時間短縮になって無駄もないと思うが?」
今なら選び放題だが、それともそれでは不服かね。
「・・・そんな事ないけど、あんたが楽してんのが何か釈然としない」
「結果をみて判断したまえよ。最終的にはどっちが得だ?」
「つーかホント何かむかつくな・・・」
「いいじゃない、兄さん。そっちの方が早く資料読めるし」
弟の援護射撃が飛んでくるが、目の前の男の、自分の勝利を確信したにやけたツラが更に気に入らない。
「なぁ、大佐」
「なんだね」
「本、一旦全部没収されるっつったよな?」
「ああ」
「じゃ、もう一冊追加で。これでチャラにしてやるよ」
大佐が動いてない分、一冊上乗せだ。
「ただでは起きないね、君は」
「あんたにはマジ言われたくないけど」
「まぁいいだろう、持って行きたまえ」
「やりぃ」
じゃ、早く行こう、今行こう! とさっさと切り替えて部屋を出て行く兄を、弟は慌てて追い掛けた。ちょっと!ちゃんとお礼言わなきゃ、という声が遠ざかっていく。
早く来いよ、と呼ぶ声に答えて、大佐は鍵を手に部屋を出て行く。その横顔はもうまさにニンマリ、と書いてあるかのような。
いってらっしゃいとその後ろ姿を見送って、ハボックは残りのコーヒーを啜った。
・・・兄は追加GETで納得して喜んでいるようだが。
何せ大佐には何も元手も労力も掛かってないし。ブツの移動だって今回の事を盾に、向こうの支部にやらせた。
何なら全部兄弟にあげてしまったって痛くもかゆくもないのだから。
「大人って汚ぇなぁ・・・」
ぽそり、と漏れた一言に、対面に座ったヒューズが笑う。
「もういっこあるぜ」
あいつの狙い。
「・・・なんすか?」
「選ばせるフリして、ついでに本の分類も手伝わせる気だよ」
・・・うわー。
微妙な表情になったハボックを見遣って、ヒューズはひらひらと手を振った。
「ま、その辺は豆っこも判ってんじゃねぇか?」
「判ってますかね」
「判ってるだろ。でないと」
あんなのと真っ当に付き合い出来ねぇって、と。
彼の人と全く同じ顔をして笑う。
「そう思えば、結果的に有意義な休暇になったんじゃねぇか?」
・・・そういえば。
結局押し付けられた報告書だと、大佐は休暇でたまたま行った先で、専横に振る舞っていた商家と癒着していた軍の支部の管理官を摘発し、町の治安回復に努め、おまけに不正に溜め込んでいた一部財産も没収して軍の益にした、
という事に。
間にあった紆余曲折を省いて、要点だけを述べれば、あら見事有能な軍人の出来上がり。
「・・・世の中不条理なことばっかだ・・・」
「まぁその意見にはおおむね賛成だが、そう不条理続きでもないんじゃないか?」
ほら、と示された先には、机の上の書類の山。
しかしさっきとちょっとばかり何かが違うような気がして、ハボックは席を立って机に歩み寄った。
「あ」
乱雑に積み上げられた紙の山の上に、既にサインと判の記された書類が一枚だけ無造作に置かれている。
手を伸ばして指先でそれをピラリと持ち上げた。
「許可、もらっちまった・・・」
うちの上司はさり気なく人を使うのが異様に上手い。
こんな紙一枚で左右されるのだから、自分も随分お安いもんだが。
ハボックは一つ息をついて肩を落とした。
それを見ていた眼鏡の中佐はまたしてもにんまりわらいを浮かべて。
今頃保管庫で子供達に構って貰って楽しくやっている上司も、きっと同じ顔で笑ってる。
FIN