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シザーハンズの腕の中

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しゃき、しゃきん、と鋏が小さく音を立てる。
時折さらさらと櫛を通しながら、恭弥さんの手は迷いなく俺の髪を切っていく。
ぱらぱらと何かが散る微かな音がするのは、多分ダストボックスの中に切った髪が落ちていくそれだろう。
身長差と髪の長さの関係で床に膝を突いている恭弥さんの表情が鏡越しに見えて、俺はどきりとした。
普段は鉄面皮と言われるほどの無表情なのに、微かに伏し目がちになっている黒い瞳は思いがけず優しくて、口許が微かに綻んでいる。
きれいなひとだなぁ、と思うのはこんなときだ。
戦っているときの生き生きした表情も嫌いではないけれど、こうして日常の合間にみられる穏やかな表情も整っていてうつくしい。
なんでこんなにきれいなひとが、大した取り柄もない俺の手を選んでくれたのか、実は未だに良くわからない。








「───なに見てるの」
いつの間にか鋏を持ち替えて、おまけに梳き終えてしまっていたらしい恭弥さんの声に呼ばれて、俺ははっと我に返る。
「あ、いや…」
「なんなの。はっきり言えば」
「その…恭弥さんも戦闘以外に楽しいと思うことがあるんですね……って、いたたたたっ!」
言うやいなや、右手でがしりと頭を掴まれ、ぎりぎり指に力が込められた。
「痛いいたい、恭弥さん痛いです!」
恭弥さんの親指が、俺のこめかみにモロに入っている。
「いったい僕をなんだと思ってるわけ」
「みぎゃーっ!」
低い声と共に更に手指に力が込められて、半端じゃない痛さに俺はしっぽを踏まれた猫みたいな声を上げた。






「で?」
「…ふえ?」
「何を考えていたの。ちゃんと言いな」
ため息をついた恭弥さんが、頭を掴むのを止めると使い終えた鋏を差し出す。
『にわか美容室』の閉店時間だ。
「いえ、大したことじゃ」
「あんな風にへんに深刻そうな顔されてると、逆に気になるんだけど」
俺が涙目のまま受け取った鋏を引き出しに収めながら言うと、そう言い返された。








「……いや、どうして恭弥さんが俺を選んでくれたのかなぁって」
「どうしてって、綱吉から言ってきたんじゃない」
「そりゃあ確かにそうですけど」
中学2年の時だった、俺がこのひとに一世一代の大告白をしたのは。
「でも俺、取り柄なんてどこにもなかったし、それどころかダメなところばっかり目立つ人間だったし」
「確かにね。連日の遅刻に度重なる試験の赤点、成績は下の下で、体育だってまるでだめな子だったからね」
「う…」
ダメツナと呼ばれていただけあって、俺の学校生活、特に中学生の頃は華なんてものがまるでなかった。
リボーンが家庭教師にやってきてからは、成績は幾分マシにはなったのだけど。
「唯一平均を超えていたのが家庭科だっけ?あれだけだったよね、成績を上から数えられたのって」
母さんの教育と遺伝の賜物というべきだろう、家庭科の成績だけは良かったのだ。
「…その、ダメダメな俺の手を、どうして恭弥さんは取ってくれたのかなって」







「───ばかな子」
「…言うに事欠いてそれですか」
せっかく考えていたことを話したのに、帰ってきた言葉がたったの4文字。
「ばかな子に『ばかな子』って言って何がおかしいんだい」
「そんなにばかばか言わないでくださいよ…」
しょぼんと肩を落としながら鏡を見ると、恭弥さんは微笑んでいた。
「どうしてそんなにばかなんだろうね、綱吉は」
「な…っ」
上乗せされて思わず肩越しに振り返ると、恭弥さんが俺の髪を一房手にしていた。
恭しく持ち上げられて、ちゅ、と小さな音を立てて口づけが落とされて。
「…ほんとうにばかだよ、つなよし」
黒い瞳に上目遣いで見られて、かあ、と頬が熱くなる。
言葉とは裏腹に、あまい声とあまい表情。
なんて、なんて顔をしてくださるのだ、このひとは!






「しょうがないじゃない、目が離せなくなったんだから」
手にしていた髪を引かれて顔を寄せると、そんな言葉と共に唇を啄まれた。
「何にもないところで転ぶし、放課後は大抵居残りさせられてるし、群れにぶつかったと思えばカツアゲされそうになってるし?挙げ句の果てには犬に追いかけられて」
「……」
どこまで俺の行動は見られていたんでしょうか、恭弥さん。
「僕が傍で守ってあげなきゃ、どこでどうなっちゃうか解ったもんじゃない」
鼻先をすり合わせて、至近距離で見上げられる。
「そういうダメなところもひっくるめて可愛いと思ったんだから、仕方ないでしょ」
恭弥さんの腕が俺の背中に回る。
少しだけ冷えた体温に、抱きしめられる。

















「そういう下らないこと考えてた子には、お仕置きしないとね」
「へ?…う、わっ」
ふわりと体が浮いて、俺は思わず恭弥さんにしがみつく。
所謂子供抱っこをされて、少し前まで居座っていたベッドに逆戻り。
恭弥さんの膝の上に座らされて、あむ、と唇に咬みつかれた。
「綱吉は僕のことだけ考えてな」
「ふ…ん、ぅ…っ」
甘えるような、甘やかすような声と一緒に髪を優しく梳かれて、俺はそうっと瞳を閉じた。