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グーテ・ライゼ!

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「私も地図を作りたい」
よしと気合を入れて何を言うのかと思えば焦点が分かり辛い上に、「は?」と
返す程突拍子がなくもない、すなわち突っ込まずにはいられない物だった。
「今、手にしてるものは何なんすか」
紛れも泣くフリードリヒが下命して作らせた郵便地図がその手には握られてい
る。真新しく、かすみないインクのそれは、今まさに届けられた所なのだ。
これも同時に仕上げられた国境地図から目を上げたプロイセンにフリードリヒ
はちゃんと聞きなさいと諭す。
先ごろシュレジェンを廻る戦争が一旦は終局を迎えてから、かつての虚弱な王
子はこんな物言いを得意とするようになって、プロイセンはまだ慣れない。
戦時中の指揮の下達ならばともかくこんな日常のアレコレでは、どうしても生
意気な口ききやがってと思ってしまう。
「作らせたい、ではなく作りたいと言ったのだ」
生意気な、と思うものの言葉の内容は案外他愛もない我が侭な子供のそれであ
る事が多く、もちろん対・プロイセン限定の支離滅裂な振る舞いや言い様なの
だからどうしても憎めずにいる。人間の許容は暖かく安らかなものだと気付き
始めたのはごくごく最近だ。公正無私、法を遵守する啓蒙の光と称賛される勤
勉で明晰な男が、実はそうではないのだと自分だけが知っているのは歓びだ。
「はぁ、じゃ作りゃいいんじゃねぇの」
「お前も賛成してくれるか!」
「ま、地図写すくらい……」
時間あるだろと、国境地図ならまだしも全域の郵便地図を写すとなると結構な
労力と時間を費やすが、日頃ウルカヌスの如く働いている我が王なのだ、たま
には個人の楽しみに時間を費やすのもいいだろう、とプロイセンは頷いた。正
直、地図を書き写すなんてどこが楽しいのか見当もつかないが。
ところがそうかそれは良かったと表情を明るくしたフリードリヒの次の台詞は
全く予想していないものだった。
「ならばすぐに出発だ!あ、馬車はなしだぞ」
国王だとバレてしまうからな、と大層嬉しそうに少女のように片目を瞑った。




端的に言ってしまえば、お忍び旅行だった。
プロイセンはガラガラとゆるり走る馬車の中で、窓枠に肘をのせて頬杖をつき
ながら、ちらりと向かいの席を見た。
何年も命すらギリギリの場所で晒してきて、そうして何とか戦争をとりあえず
は終わらせて、それからも疲弊した国力を持ち直す為に東西奔走の激務を重ね
て常に張り詰めていた糸がやっと、本当にやっと安定してきた内政の結果、緩
んでくれたのだろうか。
疲れに耐え切れなくなっただけだとしても一時の逃避だとしても、この王には
許されるべき旅程だとプロイセンは確信している。こんなふざけたやり方で出
て来たが、これこそこの人の本性であったのだ。
あれもこれもと自分でやりたがる王だから、ごく近しい側近の者にだけ告げた
時の焦りようと言ったら、プロイセンも同情する程だったが、そこはどんなに
「下僕」と広言してようと王は王だ。ごり押しで、プロイセン共々馬車に乗り
込んでしまった。
ちなみに、王家の紋入りの馬車を使う訳にはいかないので、――どうかそれだ
けはと泣きつかれた結果、騎馬ではなく馬車行となったので、そこそこの仕立
ての小振りのものだ。                   
「………思い通りに旅行に出られたってのに何で不貞腐れてんだよ」
「思い通りではない。私は馬車はなし、と言ったのだ」
「仕方ないだろ。護衛もなしで騎馬行なんてさせられるかっての」
「護衛ならお前がいるだろう」
「この俺を護衛兵扱いかよ」
「世界で一番信頼のおける、腕の立つ護衛だ。間違いはない。お前が守れない
 局面なら他の誰が一緒であっても切り抜けられまい」
「縁起でもないこと言うな」
「何かあった時にお前が悔やむ事も誰かを恨む事もない、という事だよ」
数分前までの不満そうな顔はどこへやら、にこりとタチの悪い笑みを浮かべる。
「お前がいない時に襲われでもしたらお前は供の者を切り刻みかねないからな」
「国王に変事があって自分だけ逃げ戻ってくる奴なんざプロイセン軍人失格だ」
「それに、いつまでも泣き暮らしてしまいそうだからな」
「………誰が?誰が泣くって?」
「お前がだよ、プロイセン」
「なっ、バカ言うな!この俺が泣くかよっ」
「そうかい?」
くすくすとフリードリヒは可笑しさを殺しきれない。がたがた揺れる馬車の中
で、口元を隠しもせずに声をあげた。今度はプロイセンがぶすっとした顔で、
市街を抜けて低木の茂る街道を眺める羽目になった。


作品名:グーテ・ライゼ! 作家名:_楠_@APH