グーテ・ライゼ!
ベルリンから北東、フィノウ運河沿いに馬車を走らせて、オーデル川にぶつか
った辺りの郵便駅で駅長に馬を用意させた。もちろん王宮の厩舎に揃えられて
いる名馬たちには適うべくもないが、それぞれ妥協点を見出せる仮の相棒を選
んだ。
戸惑う御者には大きくシュレジェンを回り込んでベルリンに戻れと言い含めた。
時間稼ぎだ。プロイセンは小賢しい奴と笑ってやったが、我が国の専売特許な
んだと返されてすぐに歯噛みした。
戦場ではないのだからと馬を歩かせて、作り直されたばかりの運河を横目に進
む。欧州中部を荒廃に沈めた長い戦争をフリードリヒは知らなかったが、プロ
イセンはきれいに舗装され直したそこに、うっかり別の風景を重ねてしまいそ
うになって慌てて目を背けた。
折りしも春が訪れたばかりの気候は戦の飢餓や寒さや痛みの記憶を遠ざけてく
れる。低地ドイツ語を話す学校帰りの悪童どもに出くわし、わあわあと集まら
れたので馬を降り、プロイセンは共に柳の枝で笛を作った。
「こんな事もうまいのだな、お前は」
「笛吹きはフリッツのが上手いだろ」
子供たちに囲まれながら、ひゅんとプロイセンが削りだしたばかりの短い笛を
放る。フリードリヒは少しばかりよろけたけれど何とか受け取り、到底細かな
音階を望めない無骨で原始的な、しかし理由もなく人に微笑みを与える類のそ
れを口元にあてた。
ぴゅい、とブレた音がして傍にいた少女がきゃあと歓声を上げる。プロイセン
はと言えば歯を剥き出して、大きな声で笑ってフリードリヒに叫んだ。
「ヘタクソ!」
それにまたぴゅぴゅいと奇天烈な音色で応えると、周りの子供達も好きずきに
てんでばらばらな音ではしゃぎ出して、すっかり違和感なく溶け込んだプロイ
センも加えると、昔に読んだ南フランスの物語の一幕のようだとフリードリヒ
の頬も緩んだ。
そんなことばかりしていたものだから、陽の暮れた時分にも二人はまだオーデ
ル河畔で月明かりの下、馬上の人であった。
本日の宿にと決めていた傍仕えのアンハルトの生家の屋敷はどこにも見えず、
持ち出したブロートもとうに食い終わっていたから、腹具合にも不安を覚え始
めていた。
『これが俺一人だったら』とプロイセンは考える。
そこらの大樹の下、馬の腹を枕にとっとと眠りについてしまうのに。
空腹への特効薬は睡眠だ。
『これが私一人だったら』とフリードリヒは考える。
先ほどすれ違った仕事帰りの農場主にでもさっさと身分を明かして、迎えの馬
車をよこすよう言付けたのに。
だが駄々をこねて公務を放って飛び出してきた手前、どうにもプライドが邪魔
をする。実のところ数年も野戦をくぐり抜けたフリードリヒ相手にプロイセン
が「自分の寝床の確保もできない宮殿育ちの坊ちゃん」などと今更思うわけも
ないのだが、この、見た目よりずっと――当然といえば当然だが、老成した青
年にはどうしても見栄をはりたくなってしまう。それこそ出会った時から。