愛着理論
プロローグ
そう広くもないダイニングに、家族が入り乱れるひと時。五枚切りのトーストにたっぷり塗ったバターが香ばしい。
「九瑠璃のほうがこんっだけ多いよ!」
「舞流のほうがこんっっだけ多い!」
臨也は行儀悪く食卓に片肘をつきながら、妹たちの口論を聞き流していた。ジュースの量の多い少ないで揉めているらしい。互いの顔の前で人差し指と親指をくっつけて、鼻息荒く自己主張しあっている。両方のコップに平等に注がれているのを視界の端で確認して、臨也はトーストの角を齧った。
「あれ? ……いや確かにここに入れたんだよ」
対面では父親がカバンの中をひっかき回している。出勤間際に家の鍵を失くしたことに気付いたらしい。しどろもどろに母親に言い訳をしている。
「どうせまた酔っ払ってどこかへやったんでしょう!」
先月も財布を落としてきた前科があるため、風当たりが厳しい。ここしばらく、父親はひどく酔って帰ってくることが多かった。昨日も日付を跨いで帰ってきて、母親に詰られていたのを臨也は聞いている。
すでに、普段父親が家を出る時間を5分ほど過ぎていた。臨也がトーストを片付け、妹たちより心持ち少ないジュースを飲み干す頃、ようやく諦めたらしいく乱雑に荷物をまとめる。
「とりあえずいってきます!」
「はいはい、いってらっしゃい」
「「いってらっしゃーい!!」」
「いってらっしゃい」
口々に廊下へ送り出す声をかける。母親だけは慌てた背中にため息を吐きながら、見送りと施錠のために玄関について出た。双子はジュースを比べることに飽きたようで、気に入りの苺ジャムで口の周りをベタベタにしている。臨也は舞流がテーブルから落としそうにしているスプーンを除けてやり、体を捻って真後ろのシンクに放り込んだ。