月が綺麗
ぬるりと擦れる内側の粘膜さえ己のそれより少し冷たくて、七代は雉明の呼吸を奪いながら眉根を寄せていた。やはり冷えているではないかと思う。全くこの男は本当に放っておけない。掛けた毛布ごと雉明の肩をもっと寄せて、深く口を合わせる。
舌と舌の側面をずるりと擦れさせては離れ、舌を吸い、また離れる。
その単純な行為が七代の神経をゆるゆると痺れさせていった。余計な思考を削ぎ落してしまうような。甘い靄が理性を被うような。快い淫靡な感覚。己の感じるそれを果たしてこの儚い男も感じているのだろうかと七代は思う。
同じものを雉明も感じているといい。
粘膜を貪りながらただ、そう思った。
七代が解放すると、間近に在る雉明の淡い虹彩に薄い水の膜が見えた。これは生理的反応なのだろうかと、それを眺めながら微笑む。
「…………これさ、気持ちいい?」
そう訊ねられ。解放された雉明は返答に窮してしまう。
己の感覚をどう言い表わせばいいのか、判らないのだ。だから仕方無く、そのままを言った。
「……………………よく、わからない」
雉明の応えるのを聞いて、七代は少し思案している。
「えっと……こうされるのは、いや? きらい?」
変えられた質問に雉明はまた考えた。抱き寄せられたままの肩から滲んでくる七代の熱が思考にまで浸食して、正しく考えようとするのを少し邪魔している。
何故、七代は己に接吻をするのだろうと雉明は思う。唇を合わせて愛情を示す為の行為。密室的な性愛の表現。快楽を伴うもの。集められた知識の断片が雉明の中へ展開されるのだが、それらの知識はただただ平坦で、雉明の求めるものを何も教えてくれはしなかった。
何故、七代が己にそれをするのか、したくなるのか、という理由を。
ひとこと何故と問えば、七代は、答えてくれるのだろうか
それを考えながら雉明は掛けられた質問に対しては結局、己の感覚に照らし合わせて応えるしか術がなかった。
「いや、………不快な感じでは、ないと思う」
不快というよりも、本当は、むしろ。
その感覚を突き詰めようとする時、雉明は強い戸惑いに意識を捉えられてしまうのだけれど。とにかくそれだけを言うと、七代は雉明の身体を抱き締めて、微笑んだ。
「そう、良かった」
耳許近くに落ちる七代の声音がとてもくすぐったくて雉明は、されるがままに身を寄せながら眼を細めている。
成程、身体の触れている部分から己の方へ移る熱の温かさは、とても心地がいい。温かい方がいいのだと言った七代の言を、今更ながら雉明は実感した。
「雉明」
雉明の、うっすらと血の透けた耳の先に七代の唇が触れる。
「…………そうだな、うん……………………、月が、きれいだな」
そして七代はただ笑って、そう応えた。
雉明零は、その言葉の持つ意味を知っていて、先刻己にそう言ったのだと。当人へ訊ねずに七代は、そう解釈しておく事にする。
自分にとって都合のいい、やさしい希望を壊さず、そのままにして。