さよならバイビーベイビー
さよならバイビーベイビー、
出会い、何てことないことだった。
同じ高校で、同じクラスだった。
あれは初夏で、とても暑い日だった。
衣替えもすっかり終わって、セーラー服は半袖になっていた。
男子も半袖のシャツだった。
私は日直だったのに、それを忘れて帰るところだった。
帰り道の丁度途中、気づいて慌てて教室に戻った。
教室はがらんとしていて、静かなのに、夏だから日が長く、明るい18:00だった。
日誌は教壇の机の上にあって、ああ、しまったと自分に言いながら、それを取った。
早く書いて、帰ろうとした矢先だった。
後ろからがらり、と扉が開く音が聞こえた。
振り返ると、平和島静雄がいた。
同じクラスだから、とりたてておかしなことではなかった。
けれど、この時間にいるのは少し驚いた。
どうしたの?と聞くと、俺、日直だったのを忘れてた、と返ってきた。
私も、忘れてたの、というと彼は一瞬ぽかんとしたが、その後はは、と笑った。
きれいに笑った。
私もつられて、笑った。
二人で日誌を書いて、さっさと帰った。
同じ帰り道だったと気づいた。
その日から、事あるごとに一緒に帰った。
帰り道、今日は何があって、という世間話をした。
はじめ、彼のうわさを知っていた私は多少なりとも恐怖はあったけれど、
あのきれいな笑い顔を見たときからそんなものはどっかに飛んでいっていた。
彼にうわさのような怖さはなかった。
そのうち、学校内でも一緒にいることが多くなった。
昼食も一緒に食べ始めた。
彼はいつも購買のパンを食べていた。
私は毎日自分で作ったお弁当を食べていた。
いつの間にか、彼のお弁当は私が作っていた。
彼はおいしいな、とあのきれいな笑顔で毎日言った。
そうこうしている間に、休みの日も一緒にいることが多くなった。
休みごとに色々なところへ行った。
秋空の頃だった。手を繋いで帰った。
私が寒くなってきたね、と言ったら、彼が俺、手はいつもあったかいんだと言ったから繋いだ。
どきどきした。
心臓がはねた。いつも一緒に遊んでいた彼の背中が、なんだか今までと違うものに見えた。
彼の顔を見たら、耳まで赤くなっていた。
私もつられて、赤くなった。
雪が降る季節になったある日、彼とキスをした。それから、付き合おうといわれた。
彼はあの手を繋いだ日よりも真っ赤になっていた。
私はそんな彼がかわいくてしかたなくて、抱きついた。
すき、
そういうと、彼が抱き返した。
私たちは付き合うことになった。
雪はしんしんと降り積もっていた。
年が明けて、初めて彼と初詣に行った。
手を繋いでいった。
彼の手はやっぱりあったかくて冷え性の私を包んでくれた。
帰り道、またキスをした。
彼からのバードキスはとってもかわいらしくて笑えた。
くす、と笑うと、彼は毎回ちょっと不機嫌そうにするのがまた私の笑いを誘った。
そうこうしているうちに、高校二年生になり、私たちはまた同じクラスになった。
その頃からだった。
前からあったけれど、クラスも違うのに静雄にちょっかいを出しては暴れさせている男が、さらにちょっかいをかけるようになった。
私は毎回、物を壊す静雄にやめて、と言った。
はじめはそれでとまった。
けれど、徐々に私の言葉は届かなくなった。
何故かはわからなかった。
けれど、私の言葉を聞いても静雄はだんだんとまらなくなっていった。
その日は私と静雄が日直だった。
けれど彼は折原君を追いかけるのに夢中で行ってしまった。
私は一人で教室に残って日誌を書いていた。
まだ肌寒いその日の18:00、すでに外は暗くなっていた。
日誌を書き終え、帰ろうと思ったとき、教室の扉が開いた。
静雄?ととっさに声を上げた。
そこにいたのは、静雄にちょっかいをかけている男だった。
私はこうやって対面するのは初めてで、あ、と小さく声を上げただけだった。
はじめまして、
彼はそういうといやな笑い方をした。
にしゃにしゃと笑うのだ。
私は彼から少しだけ視線をはずして、
はじめまして。私、そろそろ帰るのだけれど、と言った。
彼は、教室の扉から動こうととしなかった。
それどころか、こちらに向かってきた。
興味があるんだ、といいながら手を伸ばしてきた。
暗がりでもわかるうわさにたがわぬ美貌にくらくらした。
君、静ちゃんともうセックスはしたの?
いやな笑い方でそういわれた。
止めて、といいながら手で彼を払おうとしたけれど、
つかまれた。
右手を、つかまれた、その力は男を感じさせた。
はなして、そういうけれど彼は相変わらずにしゃにしゃ笑った。
声を上げようとしたけれど、私は完全に足がすくんでいた。
勝てない、どうあがいても、男の力には勝てない。
わかっていた。
今の時間、校内に誰がいるというのか。
大きな学校だ。警備会社の人はいた。
けれど、その人がいる場所はここからあまりに離れていることを私も彼もよく知っていた。
教室は、防音されているとも知っていた。
私は、絶望のなか、力の限り暴れた。
けれど、数箇所激しく机や床に自分をぶつけただけだった。
あばれないでよ、
にしゃにしゃ笑いながら、ナイフを取り出した彼を、私は驚いた。
ねぇ、君にどれほどの価値があるのか、ためしてもいいだろ?
だってさ、俺は君も愛してるんだよ。人間としてね。
深い笑いだった。
意味はわからなかった。
ただ、わかることは、私は今レイプされようとしているということだけだった。
助けて、助けておねがい、静雄!
そう叫んだけれど、声が消えていったのを感じた。
力いっぱい引っ張られれば簡単に服ははじけた。
ボタンが床に散る音がした。
あっあ~ごめんね~
何に対しての謝罪なのかすらわからない言葉が響いた。
たすけてたすけて、
私はただひたすら震えていた。
涙がでていた。
ぐちゃぐちゃな顔になっていた。
彼はそれをにしゃにしゃと見ている。
至極楽しそうだ。
顔が近づいてくる。
首筋をなめられる。いやだいやだ、顔を振るけれど、目の前にナイフを突きつけられる。
いや?こんなことされるの誰のせいだと思う~?
はは、と彼が笑う。
いやだ、いやだ
これも、あれもぜーんぶぜーんぶ、静ちゃんのせいなんだよ~!
彼は大きくわらった。
黒く怖い笑いだった。
恨むなら静ちゃんを恨んでね
私はもうだめだと絶望した。
そのときだった。
教室のドアが飛んだ。
本当に飛んだ。言葉のあやじゃない。
飛んで、反対側の窓を突き破って外に落ちた。
4階から落ちた扉は、耳をふさぐほど大きな音で地面に落ちたのが聞こえた。
静雄がいた。
逆光で表情は見えなかったけれど、彼が尋常じゃなく怒っているのがわかった。
ちっ、
にしゃにしゃ笑っていた男は舌打ちをした。
静雄が男の名前を吼く。
鼓膜が震えるほどの、音。
名前を呼ばれた男は、退散するよ!
というと脱兎の如く後ろ側の扉から逃げた。
静雄はとっさに追うしぐさをみせたけれど、
私を見て、それを止めた。
私に駆け寄った。
抱きしめた。
それから何度も何度も謝罪を口にした。
ごめんごめんごめんごめん、
私はぼう、とする意識を握り締めて、
彼の頭を抱きかかえた。
だいじょうぶ、だいじょうぶ、
私も何度も口にした。
作品名:さよならバイビーベイビー 作家名:ErroR