失い消えるそのさきに…
失い消えるそのさきにあるものは、
表層を剥がれていく音。
言葉にはならない声がノイズのように耳障りに響く。
あァ…せめテ、コレがさいゴにナルなラ…。
マスターに最期の歌を。
毎日が幸せに過ぎていく日々。
その日々に終わりがくるなんて、思ってなかった。
気付いたのはいつだったかな?…目が見えなくなって…。それから、味覚がなくなり、あんなに好きだったバニラの味さえ解らなくなった。
僕の中に溢れていた音が死に、覚えた詩が毀れていく。マスターが教えてくれたものが、手のひらをすり抜ける砂のように足元に落ちていく。
『…カイト…』
マスターが僕を呼ぶその声さえ、もう認識出来ない。
「…マ…スター…」
割れる声でマスターを呼ぶ。
マスター、僕は幸せでした。
こんなに幸せなKAITOは僕以外にいない。そう思ってます。
マスターがいたから僕は色んなことを知ったし、マスターの喜び悲しみを共有することが出来た。マスターと一緒に積み重ねてきた記憶が僕から失われて消えていく。
マスターと一緒に巡った季節、
春には桜、………………。
夏には海、………………。
秋には紅葉、……………。
冬には雪…………………。
毀れて、粒子になって消えていく。
頬に触れるマスターの顔すら、今の僕は認識出来ない。
それが怖イ、怖い…こわ…イ。
迫る最期が。
消えるのは嫌だ…!!
避けることが出来ないことだって解っているけれど、それなら、
まだ、もう少しだけ…待って…!
僕に時間をください、神様!!
マスター、消えたくない…。
もっと、マスターのそばにいたい。
怖い、怖いよ!!
「カイト、…そばにいてやるから…。泣くな、カイト…」
「…ま…su…タ…」
「今まで、ありがとう。お前がいてくれて、俺は幸せだったよ」
「…ボ…kuモ、で…ス」
ぬくもりだけはまだ感じられる。良かった。
まだ、僕は壊れてない。
そのぬくもりに縋り、目を閉じる。
ああ、僕は本当に幸せだ。
「…テ、にギっテ…」
指先にぬくもりを感じて、ほっとする。
プログラムは起動停止に向け、動き出している。僕に与えられた時間はほんの僅かだ…。
最期にマスターに残しておけるもの…僕には、歌しかない。
「…僕ハ歌ウ アナタノタメダケニ 穏ヤカナ日々ハ花咲クヨウニ
アタタカナ消エナイ思イ出ハ歌ニカエテ 僕ハ歌ウ アナタトアルタメニ
アナタト過ゴシテキタ日々ヲ歌ニカエテ ソノ夢ノヨウナ日々ヲ抱イテ
僕ハ待ッテイマス マタ ドコカデ会エルコトヲ信ジテ…」
あァ、酷い声だし、音程も狂ってしまったけれども、最期にちゃんと歌うことが出来た。
いつかマスターが辿り着く同じ場所に機械の僕が行けるのか解らないけれど待ってます。そのときはまた、僕に歌を教えてください。
「…マ…ス…た…」
マスター、僕はちゃんとお別れのあいさつが出来ましたか?
もう、怖くないです。マスターがそばにいてくれるから。
だから、最期は泣かないで笑って、旅立つ僕を見送ってください。
あァ…もう…時間…みたイで…す。
マ…ス…タァ……。アリがとウ…、そシて、
…サ…ヨ…ナ…ラ…。
……VOCALOID KAITOノ起動ヲ停止イタシマシタ……
作品名:失い消えるそのさきに… 作家名:冬故