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失い消えるそのさきに…

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失い消えたそのさきにあったものは、








いつか、終わりがくることは解っていた。
先に逝くのは自分で、
出来ることなら、カイトの歌で、
見送って欲しいと望んでいた。


それは俺の我儘だな。





カイトの様子がおかしいことには薄々、気付いていた。

なんでもないところで転ぶようになったし、ドアにぶつかる事も多くなって、それをカイトが笑って誤魔化すことが増えて、そして、カイトの作る料理がいつもとは段々違う酷い味になっていって、それに気付かないのかカイトは美味しいですね、なんて笑うのをおかしく思わないはずが無い。症状は進行し、大好きだったアイスの味さえカイトは解らなくなってしまった。どうして、もっと早くに、気付いてやれなかったんだろう?慌てて、ラボにカイトを連れて、駆け込んだときには既に手遅れで、カイトは新型のウィルスに犯されていた。そのウィルスを除去することは難しく、中身を全て入れ替えるしかないと無情にそう宣告され、俺は言葉を失った。

それは、このカイトを失うのと同じで。
そうしなければ、このままカイトは壊れていくだけで。

結局、カイトを失う道しか選択肢はなくて。

そして、俺は迷い悩み、片方の選択肢を選んだ。


「…カイト…」


ベッドに横たわるカイトに声を掛ける。辛うじて、まだ耳は聴こえるのか、視線を向ける。その蒼く美しい双眸に光はなくただの硝子玉に俺を映すだけになっていた。

「…マ…スター…」

あの優しい響きの失われた割れた声。もう、カイトは歌うことも出来ない。それはボーカロイドであるカイトにとってどれだけ辛い事実だろう。それを思うと、胸が掻き毟られるように辛い。

いつも、一緒にいた。
お前がいたから、俺の世界はいつも新しい発見と驚きで満たされていったんだ。

カイトと一緒に巡った季節、
春には桜、お前はひらひら散る桜の花びらを髪に絡ませてたな。
夏には海、打ち寄せる波に貝殻を見つけて、無邪気に喜んでいた。
秋には紅葉、どうして葉が赤くなるのか子どもみたいに不思議がってた。
冬には雪、庭で雪うさぎを作ったな。それが、次に日には溶けて消えてしまって、お前は泣いてたな。
季節の移り変わりさえ、忘れていた俺の世界にお前は色を付けてくれた。

カイト、こんなにお前の頬は柔らかくあたたかいのに、壊れていくなんて嘘だろう?
動かなくなってしまうなんて、嘘だろう?

カイトが何かを探すように腕を伸ばし、涙を零す。擦れた息に混じり、怖いと繰り返すカイトが悲しくて、神様を恨んだ。

どうして、永遠の命を持つものの命を、限りあるひとの俺ではなく、あなたは奪おうとするのですか?

「カイト、…そばにいてやるから…。泣くな、カイト…」
「…ま…su…タ…」
「今まで、ありがとう。お前がいてくれて、俺は幸せだったよ」
「…ボ…kuモ、で…ス」

…迫る最期。
俺に出来ることは、カイトの最期を看取ってやることだ。

せめて、安らかに逝けるように。

「…テ、にギっテ…」

空を彷徨うその指先を掴む。カイトのいつも暖かい指先は冷えてそれを暖めるように、両手で握ってやると、カイトは嬉しそうに微笑んで、すうっと息を吸った。




「…僕ハ歌ウ アナタノタメダケニ 穏ヤカナ日々ハ花咲クヨウニ
アタタカナ消エナイ思イ出ハ歌ニカエテ 僕ハ歌ウ アナタトアルタメニ
アナタト過ゴシテキタ日々ヲ歌ニカエテ ソノ夢ノヨウナ日々ヲ抱イテ
僕ハ待ッテイマス マタ ドコカデ会エルコトヲ信ジテ…」




割れた酷い声で、音程も狂っているそれはカイトが俺の為に最期に歌う別れの歌…。俺はぎゅうっとカイトの手を握り、涙を堪える。それでも、溢れるそれはカイトのコートの上に落ち、染みになって広がっていく。

「…マ…ス…た…」

逝くな…カイト、まだ、逝かないでくれ。

幸せそうに笑んだカイトの唇が、別れを告げる。声にはならない言葉は胸に染み込む様に溶けて、落ちる。

 目蓋が落ち、
 唇が閉じる。
 微かに残っていたぬくもりは、冷たく外気に奪われて、


『……VOCALOID  KAITOノ起動ヲ停止イタシマシタ……』


 無機質な音声がそう告げて、終わる。



「…カイト……お前、俺を看取るんだって、言ってたじゃないか…先に逝くなんて…そんなの卑怯だろう…」



人形に戻ったそれは、何も答えてはくれなかった。










 どれだけ、季節は巡っただろうか?
 お前のいない世界はこんなにも色の無い世界だったんだな。

「…マスター」

「…カイト、今までありがとう。…そして、すまなかった」
「…いいえ。僕のほうこそ、ありがとうございました。マスターが僕をインストールしてくれたお陰で、僕は色んなことを知ることが出来ました。…そして、あなたの最期を看取ることが出来る」
微笑んだカイトはそっと俺の手を握りしめた。
「きっと、マスターのことを彼は待ってると思います。…僕がそこに逝くのはいつになるか解らないですけれど、そのときはまた、歌を教えてください。三人で歌いましょう。きっと、楽しいですよ」
「…そう、だな…」
それを想像すると、自然に笑みが浮かんだ。
「…カイト、歌ってくれ…」
「はい。マスター…」




「…僕は歌う あなたのためだけに 穏やかな日々は花咲くように
あたたかな消えない思い出は歌にかえて 僕は歌う あなたとあるために
あなたと過ごしてきた日々を歌にかえて その夢のような日々を抱いて 
僕は歌い続けます また どこかで会えることを信じて…」




 柔らかなその声は、俺が愛した声。
 身勝手な俺を許してくれるのか、カイト…。


「…おやすみなさい…マスター…」


その柔らかな声に誘われるように、俺の意識は深く落ちていった……。







                             …さよなら、マスター。
               …世界で一番誰よりも、僕はあなたを愛していました。




作品名:失い消えるそのさきに… 作家名:冬故