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失い消えるそのさきに…

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失い消えた者を追うあなたを、永遠に僕は想い歌う。







 僕の前のマスターは精神を病んだひとだった。

 マスターは僕を傷つけ、自分を傷つけ、そして、自分で傷つけた傷がとうとう致命傷になって、部屋を血だらけにして、僕を残して逝ってしまった。
 僕は死というものを上手く認識出来ず、物言わず動かなくなったマスターは僕と同様、マスターが罵りながらも縋っていた神様という存在にアンインストールされて人形に戻ったのだと思ってた。人形に戻ったマスターの身体は日に日に朽ちて悪臭を放ち、原型を無くして、腐っていく。それを嫌だと思いながらも、僕にはそれをどうすることも出来ずに、悪臭とマスターの体から湧いた虫の羽音に耳を侵され、汚く壊れ朽ちていくのだと思っていた。



 …暗転…



 気を失うという表現が僕にあっているのか解らないけれど、僕は気を失っていたらしい。目が覚めると真っ白な部屋にいた。あの血に汚れたゴミだめの部屋ではない、きれいな白い部屋。それがあまりにも眩しくて目を閉じようとして、身体がないことに気が付いた。
「…KAITO、お前を今から別の身体に移植する。…お前の身体は修復不可能なまでに壊れてしまっているから」
全身、白い衣服で身体を覆った無機質な声がディスプレイの僕にそう告げる。
「幸いなことにここに、身体はきれいだけれど、中身がウィルスで壊れてしまったKAITOの身体がある…。このKAITOのマスターがお前のマスターになることを承諾してくれた」
背後に見えるのは穏やかな顔で眠る僕。その僕はディスプレイの僕へとコードで繋がれている。
「お前が次のマスターの元で幸せになれることを祈ってるよ」
声はそれを最後に消えて、僕の意識は0と1に返る。埋め尽くされた数字とアルファベットの羅列に僕の意識は掻き消され、融けて落ちた。






「カイト」



 誰?
 僕を呼ぶのは?


 鼓膜に響くのは割れた耳障りに響いていた声じゃない。記憶にない柔らかい僕の聞いたことのない優しい声だ。

「……カイト」

目を開いた僕の目に写ったのは優しそうな男のひと。そして、彼を僕のプログラムは新しいマスターだと認識した。

「…マスター、初めまして、僕はKAITO…です…」

プログラムされた通りに言葉を並べて、彼の反応を伺う。彼は一瞬、悲しそうに顔を歪め、微笑んだ。

「…はじめまして。これから、よろしくな、カイト」

このときはまだ解らなかった。この身体の持ち主だったカイトが彼にどれほど愛されていたのか。それを知ったとき、僕は深い味わったことのない焦燥と絶望を知った。それを与えたのも、そこから僕を救ってくれたのも、マスター、あなただった。

「カイト、」

優しく名前を呼ぶその声が、僕を呼んでいるのではないと解っていても、マスターの目に写るのは僕で、マスターの為に歌っているのも僕だ。そして、マスター、あなたに触れられているのは僕だ。

「お前の声はきれいだな」

あなたのために唄う僕だけを見てください。もっと、撫でてください。僕に触れてください。

 そう、僕は愛されるということがこんなに穏やかでやさしいものだと知らなかった。

 そして、マスターは決して、前の僕と今の僕を比べる態度や素振りは見せなかった。ただ、僕の歌を聴いては誉めてくれた。それが、あなたにとってどれだけ辛いことだったのでしょう?…前の僕の姿をした別の僕がそばにいることはあなたにとって、傷を抉るようなものだったんじゃないですか?…前の僕が残した声に僕の声を上書きしていくのは。

 マスターのパソコンの奥深く、たった一つだけ残された消えた僕が歌った歌はマスターに最期に前の僕が残した、それは別れの歌。その歌だけは封印されたようにフォルダの片隅に残されていた。

「…僕は歌う あなたのためだけに 穏やかな日々は花咲くように あたたかな消えない思い出は歌にかえて 僕は歌う あなたとあるために あなたと過ごしてきた日々を歌にかえて その夢のような日々を抱いて 僕は待っています また どこかで会えることを信じて…」

やわらかいやさしい声だった。…この歌を前の僕はどんな気持ちで歌ったのだろう?…そして、前の僕のマスターはどんな気持ちで先に逝ってしまったんだろう?

 会えるなんて思ってない。会いたくない。
 今の僕には今のマスターしかいらない。
 ねえ、マスター、マスターにも今の僕しかいらないですよね?

「…僕は歌う…あなたのためだけに…」

どうしてマスター、僕はあなたの一番になれなかったんだろう?…あなたの心には今も前の僕が生きている。…そして、僕の中にも。











 僕が今のマスターに出会い、季節が何度巡っただろうか?
 マスターは床に伏せることが多くなり、枕元で僕に歌を歌わせることが多くなった。

 マスターは歌ってる僕を見ない。必ず、目を閉じる。

 そうして、僕の声をなぞる。

「…マスター」

最後のフレーズを歌い終える前に、マスターはゆっくりと目を開いて、僕を見つめた。
「…カイト、今までありがとう。…そして、すまなかった」
マスターは僕にそう言い、目を細めた。
「…いいえ。僕のほうこそ、ありがとうございました。マスターが僕をインストールしてくれたお陰で、僕は色んなことを知ることが出来ました。…そして、あなたの最期を看取ることが出来る」
無理にでも微笑まないと泣いてしまいそうだった。少しずつ細く弱っていく鼓動。それを繋ぎとめようと僕は皺だらけの手を握る。
「きっと、マスターのことを彼は待ってると思います。…僕がそこに逝くのはいつになるか解らないですけれど、そのときはまた、歌を教えてください。三人で歌いましょう。きっと、楽しいですよ」
前の僕の声を愛したあなたは僕も愛してくれた、僕の声を。

「…そう、だな…」

 …だから、

「…カイト、歌ってくれ…」

僕はあなたのために、あなたとあるために、あなたと過ごしてきた日々を永遠に壊れるまで歌い続けようと思う。

「はい。マスター…」

息を吸う。…僕が永遠にあなたを想い歌う歌。


「…僕は歌う あなたのためだけに 穏やかな日々は花咲くように
あたたかな消えない思い出は歌にかえて 僕は歌う あなたとあるために
あなたと過ごしてきた日々を歌にかえて その夢のような日々を抱いて 
僕は歌い続けます また どこかで会えることを信じて…」


僕は機械だから、マスターと同じ場所に行けるかどうかは解らない。それでも、祈り歌いつづければきっとそこに行けると信じてます。

「…おやすみなさい…マスター…」

僕の頬を伝う涙がマスターの頬を濡らす。マスターは困ったように笑って、小さく僕に「ありがとう」と、言った。


 それが、最期だった。




 さよなら、マスター。
 世界で一番誰よりも、僕はあなたを愛していました。







 そしてこれからもあなたを想い、僕は壊れるまで歌い続ける。
 永遠に…。
作品名:失い消えるそのさきに… 作家名:冬故