真夏に悪い夢を見る
ゆっくりと身体を動かし、青葉の手を借りながら、帝人はバンから飛び降りた。湿気を孕んだ空気がじっとりと肌に絡みつく、闇に閉ざされた世界にあの男が紛れていてもおかしくないほどに…………
「なんか、本当に……」
そう言いかけて立ち止まった帝人の口から出た言葉に、青葉は耳を疑った。
「あいたい…………」
「えっ?」
その唐突な言葉に、闇の中にあのいけ好かない男の姿を見た、気がした。勿論、そこにあるのはただの闇であるが、あの黒を纏った折原臨也の姿を視覚が捉えようとしている。
会いたい。そう発した言葉を、何故あの男だと思うのか、青葉にもわからないでいる。もっとも、帝人が会いたいと願う相手は、あんな男ではなく、紀田正臣や、園原杏里、彼が夢に描いている世界の相手だけだ。
なのに、帝人の口から出る言葉が、全て臨也を指しているのではと青葉の中では擽る思いがある。それは、自分が臨也を意識しているのか、それとも、帝人と臨也の仲を意識しているのか、青葉はどちらにも気付かないでいる。
「あっ、ごめんちょっと痛んで……」
「そうですか……、大丈夫ですか?」
その言葉に安堵した自分を笑いたかったが、ぐっと笑いを噛みしめた。痛覚などないもののように振る舞っていた帝人が、初めてあげた苦痛の声だ。少し額に脂汗を浮かべながら、眉を潜めている。
『痛い』と『会いたい』を聞き間違えるなんてどうかしている。その対象をあの折原臨也だと思うなんて、意識しすぎたろうと青葉は小さく首を振った。
そっと細い肩に手をやり、帝人の身体をそっと支えると、少しだけ顔を上げた少年は微笑んでいた。もはや、笑うことしか出来なくなった帝人を、恭しくなにか大切な者のように抱き支える。少し辛そうに体重を掛ける軽い身体支えながら青葉は暗闇に目を遣った。
この闇は確かに、あの男に続いていそうな気がする。絡みつく湿度が、あの酷薄げな笑みと視線とを思い出す。夜明けを迎えようとする朝の空気が、あの不釣り合いなまでに美しい声を過ぎらせる。
今も、どこかでこの光景を見ているのだろうと、帝人の肩に置いた掌に力を込めると青葉はその漆黒を睨み付けた。
【終】