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秘密はどうかしている

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 撫でてくる手はいつでも優しい。そして少し冷たい。それが心地よい。次にどこに滑らされるのかとデイヴィッドは不安になるけれども。
「ほら、隠しているものを出してごらん。いいこだから」
 背後から頬に沿わされた手はゆるゆると首筋や顎の下に滑り、きつく縛っていたはずの紐をあっという間にほどいてしまう奇術のように、デイヴィッドをいつも彼の言いなりにさせる。隠していたために強張っている部分を解きほぐされてしまう。
彼は背もたれの無い椅子に座らせたデイヴィッドの肩を引き寄せて、髪の中のとある左右に代わるがわる等しく顔を埋める。口付ける。唇でその感触を味わっている。
 薄く開いた視界がゆらゆらとせわしなく揺れるので、デイヴィッドは目を伏せる。溜息のようにつく息は深く用心深い。
 髪の色と同じ色の隠していたそれが、ようやく警戒を解いておずおずと形を現していくのがわかる。それをまた、彼の唇はなぞる。そしてその口が開かれる気配が。
「…可愛いよ。いい子だからこのままでいなさい。せめて私と二人きりの時くらいはね」
「ロクス、お願いだから…歯を立てるのは…」
「おや、いけないか?それとも吸血鬼になりたての男の牙でここにそうされるのをご所望かな?」
「…」
「私の好きにしてしまうよ」
「いつでもそうしてるくせに」
 そっけなく言い捨てる語尾は掠れている。
 背後の男が微笑せずにはいられないその表情を、デイヴィッドはいつも知らない。
 ただ、優しく撫ぜ回す指先を従順に享受するだけだ。
「そう、いつでも君は私にそうさせているんだよ、デイジー」



 思えばそれが、最初の日のことだった。





 夕方のトレーニングが終わり、部屋に戻るところだった。大きなオイルヒーターとベンチが置かれた休憩所を通ると、見知ったストロベリーブロンドの頭が一つ、背もたれの上でこくりこくりと揺れているのをヒューは見つけた。
 本格的に眠りの海に引き込まれるか、寸でのところで留まっているかの微妙なところらしかった。
 ひょいと後ろから覗き込むと、コートが毛布代わりに掛けてある。
おそらくまた外出するのだ。例によってデイジーはロクスを待っているに違いない。
 ふたりは、とても仲がいい。
 それはオーストラリアのショウビズでも有名なことだったが、ここプラハでヒューは噂以上のことを目の当たりにした。
まどろむデイジーの少し伸びた髪や伏せられた睫毛を観察しながら、ヒューが覚えるのは戸惑いだ。
…見てしまうつもりは断じてなかった。
彼らの秘密の共有を。
いかなる葛藤を覚えようと、立ち入るべきでないことは明らかだった。
ヒューに出来たことは、彼らが気づかないうちに部屋の前から静かに立ち去ることだけだ。
 あれは最初の日のことだった。プラハの撮影所に来て最初の日。
 きっとものすごくショックだったのだと気がついたのは、部屋に帰って横になり「仲間に入れてっ…とか飛び込める雰囲気じゃなかったなあ」と笑おうとしても、口が引き結ばれたまま動かせなかった時だ。 
 目を閉じても浮かんだ。デイジーが撫でられた猫のように大人しくロクスの手に委ねているさま。本当の猫みたいに細められた瞳。そう、猫みたいに。
 今、そんなことを思い出しているヒューの目の前で、デイジーは眠っている。
髪からいい匂いがする。
 もう少しで衣装デザインのペスクッチ女史に頭を剃られる寸前だったデイジーは、独特のヘアスタイルを作り出すことに成功したが、以来、髪を固めて一筋も乱さない様にしなければならないために、髪はすっかり彼の気分をナーバスにさせる元だった。今日の撮影が終わった今は、ヘアジェルをすっきり洗い流したシャンプーの匂いをさせてさらさらとしている。
きっとこれから飲みに行って、この匂いは台無しになってしまうのだ。酒場の匂いで。もしかしたら、あの彼の匂いも。
 触りたいな、と思う前にヒューの手はデイジーの後ろ頭の髪の先に触れていた。
 今でもあの時のことが信じられない。普通じゃない。デイジーは納得しているのだろうか?
 最初はためらいがちに触れていた手はどんどん大胆になっていった。頭の形を指先で味わってみたくて、髪の根元から指を差し入れる。
 デイジーがくぐもった声を出して、頭を振った。けれども目を開けはしなかった。眠ってしまっている。
 起きてくれればいいのに、ヒューは思う。起きて驚いてくれたらいい。
それは自分の中の暗い部分だ。
 ゆっくりと撫ぜ回す。ストロベリーブロンドに鼻先を近づける。本当に、起きて自分にびっくりしてくれればいのに。
「…ロ…クス?」
 デイジーが夢に両足を浸かったままの声を出す。違うよと囁いてみたかった。ヒューがそうできなかったのは絶句したからだ。
 あの日見たものが今、自分の手の中にあった。
 思わず震えた。
 デイジー!と思いっきり叫んでしまいたかった。
 あんまりだ。ひどすぎる。
 ヒューはデイジーの頭の上の左右に見つけたそれを両手でそっと押し包んだあと、それぞれに口づけて、髪の中に顔を埋めた。

「自分が何をしているかわかっているのかね?」
 突然降って沸いた声にヒューは驚いて振り返った。
 コートのポケットに両手を突っ込んだロクスがこちらをひんやりとした目で見据えていた。
 しかし、たじろぐわけにはいかなかった。彼には問い質したいことがある。
「…聞きたいことがあります」
「忘れろ。それしか私には言えないね」
「これじゃデイジーがかわいそうだ!」
「私はかわいいと思うがね」
「かわいいけどかわいそうだ!」
「最初の意見は貫徹したまえ。それからデイジーから離れなさい」
 つかつかとふたりに近づいてきたロクスの眼差しは冷めていたが、口元には今にも笑い出すのではないかという気配があった。明らかにハプニングを楽しんでいる。
 彼はヒューの手をデイジーから払いのけて、揺すり起こした。
「デイジー、起きてその可愛い耳をしまいなさい。残念ながら、ヒューに見つかってしまったよ」
 背もたれに預けていた頭がずるずるとソファの上に滑り落ち、寝ぼけ眼を手の甲でこすって、あくびして伸びをしたデイジーは猫のパントマイムみたいだった。
「…最初の一杯はおごり、決定…」
「デイジー、飲みに行くのは中止になるかも」
「え?」
「耳をしまうんだ。ヒュー以外にも見つかったらいけない」
「ヒュー?」
 デイジーの青い目が瞬きして辺りを見回し、それで初めてヒューがいたことを知った。
 やあ、とヒューはちょっと笑った。
「耳、取りなよ」
 デイジーはその一言で目を見開いて、急いで手を頭に当てた。なにもかもが遅すぎた。
 デイジーの顔はみるみると青ざめて、そのあとに目元が赤くなっていくのをヒューは見た。
「誰にも話さない。秘密は守るよ」
 ソファに座るデイジーの傍に膝を折り、静かにそう告げる。ヒュー、と呼んだデイジーの声が戸惑いで揺れていた。ヒューは続けた。
「でも、こんなこともう止めた方がいい」
「こんなこと?」
「うん」
「止められない、できるならとっくに…」
 なんてことだとヒューは思う。デイジーは騙されているんだ。ロクスに。
「ロクスもデイジーのために止めてあげるべきだ」
作品名:秘密はどうかしている 作家名:bon