未来へ繋ぐ
「何じゃねぇ!!ちゃんと声に出せ声に!!!」
やたら威勢のいい音を立てたのは、彼に挟み込むように叩かれた僕の両頬だったらしく、やたらひりひりと頬が痛い…
でも、その痛みより気にするべきは彼の発言だ。
「出してますよ」
「出てねぇよアホ」
馬鹿だのアホだの、本当に言われ慣れてない言葉を…
「アホみたいにボケーっと笑ったまま黙ってたぞお前」
また言った。
「ボーっとなんてしてませんよ」
「してただろうが」
「してません」
僕は機関の一員で、世界のカギとなる涼宮ハルヒを監視する者。
なのに彼は僕をただの高校生としか見てくれない。
つい子供のように言い返したのに僕の前にあったのは、ついぞ見られない彼の真剣な顔だったー。
SIDEキョン
「ボーっとなんてしてませんよ」
「してただろうが」
「してません」
古泉の目に確かな光が宿っているのに俺は心底安堵した。
つい今しがた、俺の目の前で古泉はおかしくなった。
死んだ魚のような目をして口だけ笑うという、呪いの人形じみた顔で黙り込んだ顔がやけに青ざめて見えて、目の前の人形はできそこないの魔女に中途半端な魔法でも掛けられて12時を待たずに人形に戻ったのかと思った。
なんか色々と混ざっている気もするが、本当にそう思ったのだ。
俺は、そんな古泉を見ながら目が覚めてから頭のどこかでうっすらと思い浮かべていたことを性懲りもなく考えていた。
改変された世界。
俺が、選んだ。
今この瞬間を選んだから、今がある。
改変された世界で俺は一人で、徹底的に孤独だった。
周りはすべてある一部の記憶を失い、思い出を共有することもできず。
自分が狂ったのか?周りが狂ったのか?何のために?なぜ俺が?
なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?
本当に、底のない孤独。
世界からただ一人隔絶された、孤独。
だがな、今俺は考えるんだ。
超能力に目覚めた古泉はいったいどうだったんだろうってな。
朝比奈さんは未来人。
長門は、情報統合思念体によって造られた有機生命体
それぞれ目的を持って今この時代にいる。
だが古泉は、ただの中学生だった。ハルヒのはた迷惑な力のせいで望んでもいない力に目覚めさせられたただの。
3年前、超能力に目覚めて壊れた古泉の日常。
自分にだけ訪れた、周囲との隔絶。
古泉には俺にとっての長門のような超人的助っ人はおらず、代わりに機関という居場所があった。
だけどな、実際に経験した俺から言えばそんな状況が精神衛生上よろしいはずがないんだよ。
俺みたいに混乱して喚いて叫んで変人をみるかの様な目で見られたり、正気を疑ってうろうろしたりするもんなんだよ。
だって、昨日までと違う世界で時間は進む。
自分だけ取り残されたのか、進みすぎたのかわからないまま進んでいく。
でもきっとお前はそんなことはしてないんだろうな。
超能力に目覚めた以上機関に属することが自分の存在確立になったはずなのに、その機関は涼宮ハルヒを監視するために古泉一樹を一人の登場人物として存在することを要求する。そんなクソったれなことがあるのかよ?
ハルヒを監視するのは古泉じゃないといけなかったのか?
転校生になれる年齢の奴がいないからか?能力的なものか?顔か?
俺が世界改変のEnter キーを押す時に唯一頭に浮かんだのは、古泉のことだ。
改変された世界に神たる涼宮ハルヒはいない。
ゆえに超能力者も未来人も有機生命体もいない。
みんなただの人間だ。同じ人間だ。
古泉も。
超能力を持つこともなく、学力に合った高校に行って、ハルヒを気に行って恋愛らしきこともして?
本当は改変後された世界のほうがみんな幸せだったのだ。
ハルヒに振り回されることもなく、平和で。
それでも俺はEnterを押した。
なぜかって?そんなの決まってるだろうが。
「俺はお前に会いにちゃんと戻ってきただろうが」
会うためだよ。
俺の知るハルヒに、長門に、朝比奈さんに。
…古泉に。
ああそうだよ。俺は俺にひとつ嘘をついた。
今この生活が楽しいのは本当。だけどそれ以上にな、俺はこいつを一人になんてできないんだ。
俺のいない世界で平和で幸せに過ごす日々を強制的に捨てさせて
窮屈で、心穏やかなだけではない古泉にとっては幸せではないかもしれないこの世界を俺は選んだんだ。
改変された世界の古泉でもいいんじゃないかって?アホ言うな。
同じ顔で、同じ性格?でもあれは俺の古泉じゃないだろうが。
たとえばこの先ハルヒに関わることで俺にとんでもない災難が降りかかって今度こそ死ぬかもしれない。
その時万一、ハルヒと出会わない過去を選ぶチャンスがあるとしよう。
それでも俺は、きっと人生の数だけハルヒと出会う―古泉と出会う道を選ぶ。
古泉と出会わない幸せで平凡な日々より、災難だらけで満身創痍でも古泉と出会う未来を。
「今度はあなたがボーっとして…どうしたんです?具合でも?」
もちろん責任は取らねばならないだろう。平和な世界を決定権もなく奪われた古泉には幸せになる権利があるし、その決定をした俺には古泉を幸せにする義務が発生すると勝手に思い込むことにする。
「古泉」
「はい?」
とりあえずさ。
「え?ちょっ…」
3日間も触れられなかった分を取り戻させてもらわないと―な。
―俺たちの未来に幸あれ―