My home1
My home Ⅳ
意気揚々と目の前でキーホルダーを揺らすフランスさんはなんだかいつもより子供染みていて面白い。 私が頷くと目を輝かせて抱きついてきたのでそれを引き剥がし、お会計を済ませて外に出る。
アルパカには最後まで心惹かれたが実は既に毛がもこもこの羊のぬいぐるみが部屋にいたりするので買うのは諦めた。 残念だ。
それにしても人間と言うのは不思議なもので、今の自分のお洒落すぎる服装も慣れると気にならなくなってきた。 私が妙に気張ってお洒落をしてたところで誰も振り向いて私を見たり嘲笑ったりはしないわけで、結局は慣れと気の持ちようと言うことなのだろう。
「ちょっと休憩しようか」
「はい!」
「じゃああそこの喫茶店で良い?」
「良いです」
店の中に入って席に座ってみたものの別にお腹は空いていない。 それなのにメニューを見ると何か食べたくなるのは何故なのだろう。ハンバーグと言う単語は何故こうも心を引くのか、でも今ご飯を食べると夜ご飯が入らなくなるから我慢だ。
と言うわけでパフェとメロンソーダを頼んでみた。 フランシスさんは大人っぽくブラックコーヒーを頼んだ。
「パフェって偶に食べたくなるよねー」
「色んな種類があって見てると楽しいし美味しいですよね」
「今度お兄さん特製パフェでも作ってあげようか?」
徐にフランシスさんがバックの中からノートを取り出した。 新作メニューが思いついた時いつでも書き残せるようにと持ち歩いている物だ。
そこにさらさらとパフェのグラスを書いて、にこっと笑う。
「何を入れて欲しい?」
「うーん、やっぱりアイスは定番ですよね!
さくらんぼも好きですし、チョコソースをかけて……」
グラスの中に何を入れるのか顔を寄せ合って話していると、入り口のドアを開けて亜麻色の髪をした女性が近づいてきた。 気づいていない様子のフランシスさんの肩をにこにこしながら突付く。
「ん?」
フランシスさんは訝しげに振り返った後で、パッと笑顔になった。 その女性は整った顔立ちとスタイルに着ている洋服も凄くお洒落でまるでモデルのようだった。
二人の傍に居ると私は一人だけ浮いていて、なんだか少しだけ取り残されたような寂しい気分になってしまうのは私が子供だからなのだろうか。
「エリザが一人なんて珍しいな!」
「私だって一人で買い物に来ることもあるわよ。
別にいっつもローデリヒさんと一緒なわけじゃないもの」
「そうかぁ? お兄さんにはいつも一緒に見えるけどね。
今日は一人で買い物にでも?」
「そうよ。
折角ショッピングモールが出来たから新しい服でも買おうかしらと思って」
話しながらさり気無くフランシスさんが脇により、その空間にごく自然にエリザさんが座った。
優しい表情でこちらをじっと見られて少し居心地が悪い。 もぞもぞと身体を動かしているとその内に私とフランシスさんを交互に見比べて更ににこにことし始めた。
「ところで、二人はどういう関係なの?
この子が噂の弟さん? ……そ・れ・と・も……」
「それともなんですか?」
「フランシスの」
にやりと笑って続きを言おうとした瞬間、勢い良くその口が塞がれる。 ついでに顔を近づけて何事かを囁くと、エリザさんとアイコンタクトをしてにこっと笑った。
「え……と……?」
2人の間に流れている私にはとても入り込めないような親密な空気に押されて黙り込むと、エリザさんがまたこちらを向いてにこにことし始めた。 また私とフランシスさんを見比べるような動作をして、うふふと興奮したように微笑む。
「なんでもないの!
気にしないでね、菊ちゃん!」
口元を押さえて笑いながら言われて、まるで見下されているようで少し不愉快になる。
どうして私を見ながら笑うんだろう、何か私に可笑しなところでもあったのだろうか。 フランシスさんも、どうして一緒に来ているのは私なのに疎外するようなことをするんだろう。
恥ずかしさと悔しさと悲しさと、色々な感情が複雑に交じり合ってお腹の辺りがもやもやと重くなった。
「私、お手洗いに行ってきます……」
「行ってらっしゃい。
早く帰ってこないとパフェ食べちゃうよ?」
「……はい」
「菊ちゃん、もしかしてなんか機嫌悪い?」
首を振ることで答えて歩き出した途端、後ろから賑やかな話し声が聞こえて泣き出しそうになる。
そりゃあんなに格好良くて料理が上手くて性格も良いフランシスさんのことだから交友関係も広いだろうとは思っていたけれど、あんな風に見せ付けなくても良いのに。
でも、私は一体どうしてこんなに傷ついているんだろう。
「はぁ」
取り敢えず手を洗って、個室には入らずに鏡を眺める。
鏡の中の私は如何にもつまらなそうな顔をしていた。 まるで小さな子供のようだ。 その湿気た顔の私と見詰め合っていると、トイレの扉が開いて誰かが中に入ってくる。
鏡越しにちらりと扉に目を遣ると、同じように鏡越しでこちらを窺っていた相手と眼が合ってしまった。
「……菊?」
「ベールさん?」
振り返って見直すが、そこに立っていたのは何度見ても確かにベールさんだった。 相変わらずの子供が泣き出すどころか大人も怯える厳しい顔つきで私をじっと見ている。
「わぁ……! 2年ぶりですよね、お元気でしたか?」
「んだなぃ。 おめぇも元気そうでよがったこと」
「はい、お陰様で! 今は転校の時に言った通りフランシスさんと二人で暮らしてます」
「そうけ」
そう言うと、ベールさんは深く頷いて安心したように笑ってくれた。 私が悩んでいたときに親身に心配してくれた人だから、きっと転校した後も気にかけてくれていたのだろう。
「ベールさんはお買い物ですか?」
「んだけっども、おめさんは?」
「私もお買い物です、フランシスさんもいるんですよ。
ベールさんはお一人でしょうか、ティノさんはいらしゃらないんですか?」
「ティノは大学の知り合いに会うとか言っで、来てね。
俺もそろそろ帰るかと思ってたところだべ」
話しながら私の頭を撫で撫でと撫でる。 高校に通いながらアルバイトもするというのは意外と大変で中々会いに行くことも出来ないので、このまま別れてしまうのは少し名残惜しい。 でも引き止めても席に戻るんではベールさんが居づらいだろうし。
「そうですか……。 次は何時会えるでしょうね?
まぁ、私が会いに行けば良いだけのことなんですが……」
「そっだら、今から家に来るってのはどうだべない。
帰っても用事があるわけでもねんだから、来ても良がけっども」
思わずちらりとトイレのドアを見る。 フランシスとエリザさんは今もまだ話しているだろうか。 もしかしたら戻ってこない私を心配して見に来てくれたりしないかな。
「なじょした、あんにゃが気になるか?
俺が言ってけっか?」
大きな身体を屈めて顔を覗き込まれるついでにまた頭を撫でられた。
「……いえ、自分で言えます」
「んだべか。 じゃあ、あっちゃやばっせ」
「はい、突然で申し訳ありませんがお邪魔させていただきます」
「そっだらごと、気にすんでね」