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和(ちか)
和(ちか)
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My home1

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My home Ⅸ


携帯で電話をする方法もあったが、出てもらえないかもしれないと思うと指が震えてアドレス帳を開くことが出来なかった。けれど自分が知っているフランシスさんの友人なんて数えるほどで、きっと沢山いるであろう友人に連絡を取って今いる場所を知ることは難しいように思える。でも、もしかしたらいつも一緒に居るアントーニョさんやギルベルトさんなら何か知っているかもしれない。そう考えて家の電話から少し意地悪だが会う度に私を構ってくれるギルベルトさんの携帯に電話を掛けてみた。

「俺だけどー?」

これが携帯でなければ全く誰なのかわからない言葉とともに通話が始まる。勿論、携帯だからこその言葉だとは思うのだが。

「あっえっと食事時に申し訳ありません、菊です……」
「えっあぁ、家電からなんて珍しいっつーかそもそも俺に電話してくるのが珍しいよな。 どうした?」
「そちらにフランシスさんはいらっしゃいませんか? 喧嘩をしてしまって……」
「……いや、こっちには着てねぇけど? あっ、悪ぃけどアントーニョが呼んでるから切るな!」

これから夜ご飯を食べながら酒盛りでもするのだろうか、背後から出来たでー!と言う声が聞こえると慌てたようにそう言って一方的に切られてしまった。遊びに行くと行ったら大抵は彼らと、と言うくらいしょっちゅう一緒に居るあの二人分からないとなると他に私が知っているフランシスさんの友人など居ない。諦めて電話を置きかけた時、ふともう1人の彼の友人が思い浮かんだ。
お互いに腐れ縁と言っているがフランシスさんと幼馴染で凄く仲が良い喧嘩友達のアーサーさんだ。酒癖が大層悪いらしく絶対に酔った彼とは一緒に居るなと言われているが何かと言うと紅茶や薔薇、綺麗な刺繍入りコースターなどを持ってきてくれる優しい方だ。時々真っ黒のスコーンなどまでも持ってくるのは困ってしまうが。
もしかしたら、とアーサーさんにも電話を掛けてみた。 忙しい方なので留守電になってしまうかもと心配したが、思っていたよりもあっさりと電話が繋がる。

「アーサーだ、くそワインか? この忙しい時に下らない用事だったらその髭一本残らず毟り取るぞ」

地を這うような声で一息に言われて思わず言葉を失うが、いつまでも黙っていてはイタズラ電話だと思われかねない。

「あの、菊ですが……」
「えっ……きっ、菊!? どっどうしたんだ、わざわざ電話してくるなんて珍しいな……!」
「フランシスさんと喧嘩してしまって帰っていらっしゃらないので電話してみたのですが、アーサーさんと居るわけではないみたいですね。 お仕事中に失礼しました」
「いっいや、別に菊だったらいつでも電話していいんだぞ。 待ってるから、また電話して来いよ」

ありがとうございますと言って電話を切り、子機を持ったまま椅子に座り込んだ。 他に私が知っているフランシスさんの友人と言えば今日会ったエリザさんくらいのもの、微かな望みも絶たれてしまった。
大きく溜息を吐いて膝を抱える。 お昼に起きた時は楽しい休日だったのに、こんなことになってしまった後悔ばかりが胸を過ぎった。
美味しそうな料理の香りがする暖かく広い部屋にじっとしているとその幸福な様子とのギャップに泣き出してしまいそうになって、立ち上がる。
フランシスさんを探しに行こう。 私のことを静かな公園で独り待っていた彼のように私も、体が冷え切っても孤独で胸が痛んでも決して1人でこの家には帰ってこない。
大きく頷いて、ドアを開けた。
手始めに隣の公園を一度覗いてみたが予想通りそこには誰も居ない。 零れそうになる溜息を飲み下して今度は近くのコンビニに、その次はスーパーに行ってみたが見つけることは出来なかった。
もう半ば諦めながら入り口からそっとフランシスさんが気に入っている喫茶店に入ってみる。 もうあと2時間ほどで閉まってしまう客も疎らな座席の中には緩くウェーブの掛かった柔らかそうな髪は見えず、その代わりに眩く輝く金色の髪をキッチリと後ろに撫で付けて真っ直ぐに背筋を伸ばした後姿が見えた。

「ルートさん?」

思わず呟くと、その声が聞こえたらしく背を向けて座っていた金髪の男性が振り返った。
驚いた表情でこちらを見るその顔は確かに同じクラスで友人のルートさんだった。 突っ立っている私を見て笑みを浮かべてこっちへ来い来いと手招きをするのに誘われて近寄ると空いていた机の向かい側の席を指差される。

「座って良いんですか? 誰かとお約束があったりは……」
「いや、時間を潰すのに着ただけだ」
「こんな時間にですか?」
「あぁ、家に居ると酔っ払い共に絡まれるからな」

あの二人はどうやらギルベルトさんの家に居たらしい。 確かフランシスさんも前に二人は酔うとハイテンションで相当しつこく絡んでくると言ってたのでそれが面倒で避難してきたんだろう。 こんな寒い日のこんな時間に兄と友人の所為で家から出てくるなんて本当に苦労性にも程がある。
そんな私の気持が表情にも出てしまったらしく、ルートさんが苦笑いを浮かべて冷めたコーヒーを口に含んだ。 そしてカップに口をつけたままでちらりと、お前は?と言うように瞳で促される。

「あの……恥ずかしい話なのですがその、フランシスさんと喧嘩をしてしまいまして、それで……」

そこまで言って口篭る。 だってルートさんとギルベルトさんは何だかんだとお互いに文句を言っていても喧嘩をしているところなんて見たことも聞いたこともない。 勿論、彼らは生まれた時から兄弟だったんだから私達よりも絆が強くて当たり前だとは思うのだが何となく悔しいというかなんと言うか。 でも、もしかするとルートさんが此処に来るまでの間にフランシスさんを見かけているかもしれないし。 あぁ、負けたと勝手に少し落ち込みながら口を開く。

「それで」
「それでフランシスを探していた、と」

ルートさんは自分の言ったことを疑いもしない様子でそうだろう、と頬杖を突いて言った。 咄嗟に違いますと言いかけて、溜息を吐いた。 否定したって事実なのだから仕方ない、仕方ないが口惜しい。 ずるい、ルートさんはギルベルトさんと仲が良くて何でも言い合える仲で血の繋がりと言う誰にも奪えない絆を持っていて、ずるい。 ギリっと噛み締めた拍子に切れた唇が痛んだ。

「そんな顔をするな、虐めたくて言ったわけじゃないぞ」
「わかってます、ルートさんはそんなことする人じゃないです」
「もし仮に見つかったとして、どうするんだ? 子どもみたいに謝っておしまいになるほど簡単なことじゃないんだろう。
 お互いの何が悪くて喧嘩になったか、分かってるのか」

そう言われて、言葉に詰まる。 私は未だに何がフランシスさんをそんなに怒らせたのかわかっていなかった。
作品名:My home1 作家名:和(ちか)