My home1
My home Ⅷ
隠しておく意味が自分でもわからないのに、知られたくないと思っている。 それは一体どうしてだろう。
ギシギシなる古いブランコを揺らしながら考えてみる。 私とフランシスさんの関係は血の繋がらない兄と弟で、それでもお互いを大事に思ってる。 少し前までは色んなことを相談してて、でも最近はそうできなくなった。 甘えることもだ。
そして私はエリザさんと仲良く話すフランシスさんを見て嫉妬して、ベールさんに着いてきたら告白されてしまった。
どうしてか私はそれをフランシスさんに相談することは出来ないと思っている。
それは何故なのだろうか。 問いの答えが後もう少しで分かりそうになったとき、私は考えるのを止めた。
「もっ、もう遅いし帰りましょうかね!」
恐ろしくなった。 これ以上考えてはいけない、考えたら私はきっと気づいてはいけないことに気づいてしまう。
見つけかけた答えは父と母、何よりもフランシスさんに対する酷い裏切りだ。 そうして何も考えないように、ただ俯いて帰り道を歩いた。
一心不乱に、しかしあまり急ぎすぎては直ぐに家に着いてしまうからと殊更ゆっくり歩いては見たがだからと言って道がどんどん伸びるわけではない。
ついに見え始めた高層マンションをちらっと確認して深い溜息を吐いた時、突然私の名前を呼ぶ声がした。 驚いて辺りを見回すと鼻をほんのりと紅くしたフランシスさんが併設されている公園のジャングルジムの天辺に座っている。 冷え切った身体を少しでも温めようと両手で身体を抱きしめ、白い息を吐きながらじっと私を見詰めていた。 その厳しい瞳に、先程の私のようだと思わず漏れそうになった笑みを慌てて引っ込める。
私は何か怒らせるようなことをしてしまったんだろうか。 そう考えてみれば、しかし別れる前の私の態度は十分フランシスさんが怒るに足るもので。 がっかりと肩を落としながらも、悪戯のばれた子どものような気持ちで何も言わず歩み寄ってくることもない相手に近づいていく。
「……こんな所でどうしたんですか、鼻が真っ赤ですよ」
ジャングルジムの真下に立ってもただじっと見られて、なんと声を掛ければいいのか迷った末に結局そんな風に無難な言葉を投げかけた。
ベールさんとのことを隠したくて、態度が不自然になってしまっているかもしれない。
それを聞いたフランシスさんが皮肉ったような笑みを浮かべて、ふいと横を向いてしまった。
「菊ちゃんは温かそうだね、こんな時間まで何してたの?」
「えぇっと、前の高校の頃のお話とか最近の学校の様子に後は進路のことも……」
「ふぅん、そう。 良かったね」
全くそうは思っていないのが明らかな態度で言われて言葉に詰まった。 感情が無くなったかのように無表情なフランシスさんは宛ら人形のようで、恐ろしさに唇を噛む。 どう返答して良いのか検討も付かない。 今になって内に篭って友人を選んでいたことを後悔するが時既に遅く、上手い言葉は一つも出てこなかった。
何も言えずに結局俯いてじっと黙り込むと、ふふっと吐息だけで笑う音がする。
「プレゼントまで貰ってあの男の家はそんなに楽しかった?
今日の夜ご飯は豪華にしようねって言ったのに、俺のことなんかどうでも良くなるくらいあいつが好きなんだ」
冷めた笑みを浮かべて詰るように言われた言葉の意味がわからず、一瞬思考が止まった。 なんだろう、この浮気した恋人を責めてるみたいな台詞は。
そう思うのと同時に未だ嘗て取られたことも無いような辛辣な態度のフランシスさんを前に体が硬直した。 何を言っても嫌われてしまいそうな気がして、恐ろしくて声が上手く出せない。 けれど黙っているのを同じくらい怖くて、何とか喉に痞える声を絞り出した。
「このプレゼントは変な意味じゃなくて、そのっ……誕生日の分として頂いた物ですから。
それにフランシスさんはエリザさんと楽しそうにしていらっしゃいましたし……!」
必死に言い募ってもフランシスさんは鼻を鳴らしただけで何も言わなかった。
それを見ている間にふと別れ際の事を思い出して嫌な気持ちになる。 何故こんな風に起こられているんだろうか、最初に怒ったのは私のはずなのに。 おかしなもので、そう気づくと今こうして目の前で心を見透かそうとするようにじっと見詰めるフランシスさんのことが酷く不愉快に思われて、踵を返してマンションの入り口に向かった。
申し訳ない気がしないでもなかったが、フランシスさんだって悪いのだ。 一方的に謝らされるのは気に入らない。 突然の私の行動に驚いた様子で後を追う足音が聞こえたが、私はベールさんの香りのする胸元のプレゼントをぎゅっと抱きしめて振り返らなかった。
背中に突き刺さる視線を無視して早足でエレベータに飛び乗り寒々とした廊下を半ば走って乱暴に玄関の鍵を開け中に入った瞬間、思わず目を見開いた。 真っ暗だと思っていた家の中は予想に反して暖まっていて、明かりが点いていたからだ。
リビングのドアを開けると良い匂いがする。 テーブルの上には綺麗に盛り付けられた牛肉の煮込みやこんがりと焼き目のついたオニオングラタンスープが置かれていた。 近づいて見るとそれらはすっかり冷え切って、随分前に作られたことがわかる。 こんなに沢山作るには時間が掛かったはずで、フランシスさんはいつ帰ってきて、いつから私と食べるために腕を振るっていてくれたのか。
そして一体どれくらいの時間、あの場所でじっと私を待っていたのだろう。 いつ帰ってくるかもわからない、素気無い態度で立ち去った相手を。
テーブルの上で丁寧に飾られて、本当なら美味しく食べられるはずだったであろう上の部分を切ったリンゴの器の中の溶けかけのシャーベットが私の瞳の奥を突いた。
「フランシスさん……」
不意に痛んだ目をぐっと閉じて、椅子に座る。 帰ってきたフランスさんを迎えるために温かい飲み物を入れる準備をしておこうか、お風呂は沸いてるだろうか。 フランシスさんは、帰ってくるのだろうか。
怒りが萎むと今度は不安が胸に浮かんできて、唇を噛んだ。 暖房のついた部屋の中が凍えるほど寒く感じて、自分の身体を抱きしめる。 何故こんなことになってしまたのかわからない、でもこんなことになったのは私の所為なのかもしれない。 なんだかそんな気がした。
でもどうしてフランシスさんはあんなに怒ったのか見当もつかない、例えばこれが兄弟ではなく恋人だったら不愉快なのも当然だとは思うのだが。 私の別れ際の態度が気に入らないと言うのなら夕食を準備しておいてくれるのはおかしいし、本当に何故なのか。
暫く考えてみても結局思い当たる理由は無く、フランシスさんも一向に帰ってくる気配は無かった。
「探しに行った方がいいでしょうか」