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my common holiday

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なめらかな表面にタイプされた決まり文句と、黒いインクの跡。そっと触れるだけでそれとわかるくらいの溝が出来ていたから直筆なのだろうと分かった。宛名の部分はすこしばかりぎこちない飾り文字で、これも自分で書いたのに違いない。ひとり執務机に向かってあの大きな背中をいつもより丸めて書く姿を想像すると、小言をつぶやきたくなるのと同じくらい自然に笑みがこぼれた。そうして、もう一度筆記体の署名を指先でなぞった。
「アルフレッド、エフ、ジョーンズ」
 小さく口にする名前の響きはイギリスにとっては未だに異物のように思われた。アメリカ、アルフレッド、呼び慣れた名前の後ろにつく余計な尾びれを考え出した張本人は、今は天下泰平な寝息をたてているのみである。その顔をちらりと伺ってからベッドランプの明るさを強めて再び筆跡に見入る。性急なカーブや小さな染みを十二分に堪能したころ、暫く「インディペンダンス・デイ」の下りに移る。
 今年こそは来てくれなくちゃいやなんだぞ、せっかく恋人どうしなんだし、とアメリカは言った。
 お前はこの日に俺に恋人でいろって言うのか冗談じゃねえぞ、とイギリスが答えた。
 インディペンダンス・デイだなんて書いておいて。
 アメリカはすこし怯んだものの、突き返された封筒をもう一度イギリスの胸元にたたき付けたので、イギリスは急に見下されている実感を強くした。それでも睨み付けたままで暫く時間が過ぎ、やがて封筒が地面に落ちて第二ラウンドのはじまりを知らせた。
「とにかく、俺は断られるためにわざわざここまできたわけじゃないんだぞ。無駄足にしないでくれないかい」
「俺がお前を招待したわけでもねえ。あと、無駄足の自覚があるならさっさと帰れ」
「君、俺の話聞いてないだろ!!」
「聞くだけの価値があるような話を出来るようになったら聞いてやるよ」
「いつになるんだろうね、それは……まったく、これだから年寄りは。だいたい君、いつまでそんな昔の話にこだわってるつもりなんだい」
「残念だったなアメリカ。ひよっこ同然のお前には大昔だろうが、俺にしてみればあれは、まだつい先週の話だよ」
「いくらなんでも二度の大戦を一週間に詰め込むのは無理があるんじゃないのかい?!」
「お前といると、やけに時間の流れが早く感じられるような……ん?」
 これはどうしたことだろう、とイギリスは口の中でつぶやいた。それまではやや白熱しかけていた応酬が止まり、やがてアメリカが地面に落ちていた封筒を拾いあげる。誇りを払うでもなくただ弄ばれるばかりの白い一枚。
「おい、アメリカ」
「なに?」
「いまのは、あんまり悪口じゃあなかったな」
「なんでそんなに偉そうなんだい」
 苦笑。
 そうして今イギリスはひとりベッドの上で、ほんとうはちっとも問題ではなかった(実際、すぐに取り上げたアメリカ本人によってサイドテーブルに追いやられた)それと向かい合っている。
 実のところ、答えはもうとっくに、200年ほど前から決まっていた。「出席」に印がつけられる。カードは再び封筒の中へと舞い戻る。200余枚の出されることのない地層に新たな一片が加わり、イギリスは今年も、最高に憂鬱な期間の中でも最悪な一日をひとりでやり過ごす権利を手に入れる。そうすればまた、翌日以降は普段通りに無駄口を叩きながら触れることが出来ると知っているから。返事が出されることはないし、アメリカが箱について知る日は永遠に訪れないだろう。これで満足した彼はすっかり封筒のことも忘れてしまって、すこしだけ幼げな寝顔を眺めてからそのまま隣りに潜り込んで身体をぴったりくっつけて目を閉じた。眠りはすぐに訪れた。


*


 新品のネクタイの結び目がいつも以上に固くなっているのについ手が伸びてしまって、それを日本に目敏く見咎められ、
「すみませんね、蒸し暑くて。梅雨の間はどうも」
 などといかにも申し訳なさそうにあやまられたイギリスは慌ててその手を横に振った。
「いや、暑かったわけじゃないから大丈夫だ。そもそも天気ばかりはどうしようもないだろ」
「それはそうでしょうが」
「中に入ったらクーラーがあるしな。そうだ、会議が終わったら、えっと、白玉ぜんざい?あれでも食いに行こうぜ」
「ああ、いいですね。この近くにいい店があるんですよ」
(なんてまともな会話なんだ……)
 ここ何日かすっかり荒んでしまっていた気持ちが端から慰撫されていくのが分かる。多少の窮屈さもないわけではなかったが、それが逆に程よい緊張感に繋がって日本とのやりとりをなめらかなものにしてくれていた。並んで会議場に入る直前、小さく深呼吸をしたところで、しかしこのささやかな幸せはいとも簡単に打ち砕かれてしまうことになる。
「イギリス!!」
 ついでやたら騒々しい足音が近付いて来、イギリス自身は無論そのまま歩を進めるつもりだったのだが、いつも通りに律義な日本は足を止めていた。とすればイギリスとて友人を置き去りにするわけにもいかない。
「こんにちは、アメリカさん」
「やあ、日本!相変わらず君のところは暑苦しいねー」
 せめてもの抵抗としてなるべくゆっくりとでも歩みを進めているうちに、早くもあいさつを済ませてしまったらしいアメリカの注意がこちらに向いた。反射的に視線を逸らしたがこれも気休めにしかならない。横目で伺ったアメリカは、ふたりの間が5メートルも離れていないというのに何故か助走の姿勢を取りはじめている。
 イギリスは一瞬だけ考えた。そして後ずさろうとしたのだが、足はまるで凍り付いたかのようにその場から動こうとしない。勿論、今から動いたところでもはや意味はあまりなかっただろうが。
「おい、アメリカ、待て!ステイ!!」
「俺は犬じゃないからそんな命令は聞けないんだぞっ」
「聞けって、おい!お前、俺を押し潰す気、……ぎゃあ?!」
 その間恨めしく思えるほど律儀に沈黙を守っていた日本のゆったりとした声が、やがてどこかの骨がきしむ音とともに耳に届いた。
「えぇと、あの、イギリスさん?」
 犬は犬でも、とんでもない大型犬ですねこれは。めずらしく八橋から零れ落ちた言葉に反応する前に、無駄だと知りつつもひじに勢いをつけて後ろに振ってみた。案の定、アメリカが首をかしげた気配がしただけだった。
「ん?どうしたんだいイギリス」
「お前、いつになったら離れる気だ!」
「いつになったらって、まだくっついたばっかりじゃないか」
 心から怪訝そうな声を出す。このときにはもう、「あらあらまあまあ」、などといいながら日本があからさまに遠ざかりはじめていて、ついに孤軍無縁で戦うことを決意したイギリスは全力でもがきはじめた。ところが意外にも、気がつけばアメリカのほうが日本を呼び止めていた。
「ああ、日本。どうせなら最後まで聞いてくれよ」
 先ほどの自分はかくや、とイギリスが思うような緩慢さで日本が振り向く。勿論、その顔に大書された「係わり合いになりたくない」の文字にアメリカが気付くこともなく、腕の力をいっそう強めながら何故かイギリスに話しかけてきた。
「ね、イギリス」
「お前はこれが、話をするような、姿勢だと思うのか」
「んー、よく分からないけど、それよりさ」
作品名:my common holiday 作家名:しもてぃ