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カテリーナ

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3.

その日は朝から意気揚々と家をでた。
学校で彼女に会えるかもしれない。
またあの紫の瞳を見れるかもしれない。
そう思うと、自然と足が弾む。
昨日の予感通り、朝の気温は低かった。
雪はあまり積もっていなかったけど、道を歩きづらくするのには十分なくらいだった。
今日は朝から晴れている。
昨日の雪が嘘みたいに、雲ひとつない快晴だった。

学校の玄関で、この前まで隣を歩いていた女が、私を遠くから見ていた。
『どうして笑っていられるの』
そんな声が、聞こえたような気がした。
女を横目で見て、小さく会釈して通り過ぎた。
愛はなかった。
あの子も、今の私と同じ気持ちだったのだろうか。
愛を、求めていたのだろうか。
昨日まで愛など要らないとほざいていた私は、どこにいってしまったのだろう。
自分自身の矛盾に気付いて、自分の中のもう一人の自分が、私をいつも馬鹿にしていた。
『愛は要らない?嘘吐き。うそつき。ウソツキ。』

「彼女」のことはほとんど何も知らなかった。
名前だけだ。
けれど、店長の話では彼女は本が好きなのだという。
しかも取り分けロシア文学が。
本が好きなのならば、学校で行く場所は一つしかない。
図書館だ。
私も本好きのひとりとして、よく通っていた。
昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴ると、私は急ぎ足で図書館に向かった。

昼休みが始まってすぐの図書館は異空間のようだった。
一歩廊下にでれば喧騒が絶えないというのに、ここだけは一種の聖域のように、しいんと静まっている。
扉を開ける音でさえ、そうするのが躊躇われるほどの静けさだった。
音を立てないように扉を閉めた。
コツ、コツと床が鳴る。
この部屋の音を形成するのは私の靴音と、暖房のファンだけだ。
外国文学の並ぶ本棚の前に立ち、ロシア文学のスペースを見つけた。
ドストエフスキーの本は、目立つ所に置いてあった。
「カラマーゾフの兄弟」も、そこにある。
私はただひたすらに彼女が来るのを待っていた。
まるでストーカーのようだ。
気持ち悪いと思われたらどうしよう。
そんなことを考えていると、他の生徒がぽつぽつとやってきた。
隅のほうで友達と勉強をしている人もいれば、好きな本を読んでいる人もいた。
そういえば12月だった。
高校3年生はあと1ヵ月もすればセンター試験がある。
来年の今頃には、私もあんな風に一心不乱に勉強しているのだろうか。

昼休みが始まってから、30分が過ぎていた。
昼休みは45分間。
昼食を食べ終わってから来るなら、そろそろのはずだ。
ああ、やっぱり気持ち悪い。自分で自分を嘲った。
図書館の静寂さはなくなっていた。
本のページをめくる音、シャープペンシルが動く音。

コツ、コツ、と軽快なローファーの音が聞こえた。
扉を開けて入ってきたのは、まさしく昨日の彼女だった。
ナターリヤ・アルロフスカヤ。
人の名前をすぐに忘れてしまう私が、一瞬で覚えた名前である。
白銀の長髪と、紫の瞳と、頭の上にあるリボンは相変わらずで、一目見ただけで彼女だとわかった。
彼女はきょろ、と首を振り、外国文学の棚を見つけて、こちらにやってきた。
ロシア文学の、ドストエフスキーの名を見つけて、「カラマーゾフの兄弟」の中巻に手を伸ばす。
彼女の背よりも少し高い所にあるそれを、彼女が中巻に触れる前に私が引き抜いた。

「こんにちは。」

彼女に、本を差し出して笑った。
彼女はきっとわたしのことを覚えていないだろう。
それでも構わない。

「・・・・・誰だ」

彼女は不審そうな顔で私を見た。
当たり前か、と思いながらも話を続ける。

「少し、お話をしませんか?」

なんでもいいから彼女と話したかった。
変な男だと思われても構わない。
彼女と話がしてみたかったのだ。

「・・・・・・・待ってろ」

少し悩むような素振りを見せて、呟く。
ぽつりと一言吐き捨てると、彼女はカウンターで中巻を借りた。
くいと、顎で私に図書館をでるように示す。
彼女について図書館をでると、彼女は再び口を開いた。
先程よりは大きな声で。

「で、誰だお前。」

彼女の警戒態勢は変わっていない。
別に取って食うつもりはないのだからもう少し安心してくれてもいいのだが。

「ここで話すのもなんですから、屋上にいきませんか?」

私は階段を指差した。
図書館から屋上へはすぐに行くことができたからだ。
幸い、昨日と違って今日は快晴だ。
彼女はなんとなく不安を拭いきれない様子で私のあとについてきた。
屋上には、あまり生徒はいなかった。
図書館があるのは教室がある北棟ではなく南棟だから、行くとしたら北棟の屋上なのかもしれない。
晴れているとはいえ12月。吹きすさぶ風はかなり冷たい。

「で、こんなところまで来て何が話したいんだ?」

彼女は両腕で自分を抱いていた。
寒いという意思表示らしい。

「覚えていてくださらないのは、とても残念ですね。」

私はにこりと笑って自分のブレザーを彼女に渡す。
彼女は不審そうにそれをじっと見つめたが、怪しいよりは寒いの気持ちが勝って、いそいそと肩にかけた。

「どこかで会ったか・・・?ああ、そうか。確かお前、伝書バト教会の・・・」

「違います」

彼女の言葉を聞く前に答えた。

「昨日、本屋でお会いしたのを、もう忘れてしまったんですか?」

「・・・・あー・・・・全く覚えてないな。」

ここまで言っても彼女は気付かないようだった。
本屋の店員の顔など、寝て起きればきれいさっぱり忘れてしまえるものなのだろう。

「カラマーゾフの中巻、お取り寄せしておきましたよ?」

「ああ・・・お前店員か。」

ようやく思い出したようで、彼女は私の顔をじっと見た。
こういうときは名前を聞くべきなのだろうか、と思い聞いてみる。
もう知っているからいいのだけれど。

「お名前をお聞きしても?」

彼女は少し黙って考えてから、口を開いた。

「カテリーナ・イワーノヴナ。」

明らかに「カラマーゾフの兄弟」の登場人物の一人である。
確か、カテリーナ・イワーノヴナは貴族か何かのご令嬢で、長男ドミートリイ・フョードロウィチ・カラマーゾフの婚約者であったはずだ。
まるで私のことを試しているかのように、彼女はにやりと笑った。
ならば、と私も負けじと笑って答える。

「ええと、では、カーチャとお呼びすればよろしいでしょうか?」

カーチャとは、カテリーナの愛称である。
先程までのにやり顔はどこへやら、彼女はちっと舌打ちをした。

「イワンみたいな男だな」

イワンとは、次男イワン・フョードロウィチ・カラマーゾフのことで、彼は理科系大学をでた知識人で、理論主義者である。そして、兄の婚約者であるカテリーナに恋をしている。
今の私は確かにイワンなのかもしれなかった。
カテリーナと名乗るナターリヤ・アルロフスカヤに、心を奪われているのだから。

「それはどうも。」

笑って答えると、彼女の眉間のしわはさらに深くなった。

「嫌味のつもりで言ったんだ。・・・・・ナターリヤ。ナターリヤ・アルロフスカヤ。」

「本田菊です。お見知りおきを、ナターリヤさん。」

右手を差し出すと彼女はそれを見てふいと顔を背けた。
作品名:カテリーナ 作家名:ずーか