裁きは俺が下してやるよ
亜久津は、彼の人柄を嫌いではなく、むしろ好んでいた為に、即座に切り捨てる事を躊躇った。そのうちに、王国と安全保障条約を取り交わしていた帝国兵に首をはねられたのだ。南の制止は、間に合わなかった。
そればかりではない、亜久津の反乱の背景には、帝国の黒い思惑があった。亜久津は、幼い皇帝を擁して実権を握る帝国宰相の掌の上でおどらされていた。帝国兵は、亜久津の死にうなだれた南までも、続けて殺害した。宰相の目的は、王国を労せずして併呑する事にあった。
「俺は卑しい生まれだったけど、両親が死んで、南に拾われて、とても俺には似合わない綺麗な名前と、過分なしあわせをもらった。学校に行かせてもらって、亜久津に出会って、俺がこの世界に対してしなきゃならない仕事が何なのか、わかったつもりになっていた。だけど、近づいてきた帝国の人間を、間者とも知らずに招き入れて……国を滅ぼしたのは、俺だ。南や亜久津に詫びる為に──俺は報復を誓った。決して使うなよって言って、南がくれた銃を握りしめて、宰相の寝室に侵入して、奴の額を撃ち抜いた。」
それでもおさまらない激情を絞りきるように、せんごくは銃に込めた全弾を、宰相の屍に埋めた。銃声を聞き付けた憲兵に捕らえられたせんごくは、虜囚となった。牢獄の中では、南にもらった名は呼ばれず、ただ、1059、というそっけない整理番号で呼ばれるのみだった。
「檻の中で俺はずっと、俺自身にどうやって始末をつけようと考えてた。そして、親しくなった看守に──柳くんていうんだけど……彼に、聖書の一節の事を、教えてもらったんだ。」
囚人の悔い改めに聖書や神父の説教が利用されるのはよくあることだ。せんごくはそれを諳んじてみせた。
「もし貴方の片手や片足が罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい──五体満足で永劫の炎に投げ込まれるよりなら、片手片足でも神の国へ入る方がいい──」
それで自分がどうすればいいのかがわかったのだとせんごくは、笑った。
「せんごく…」
跡部は、静かに呼びかけた…その声を聞かぬ振りをして、せんごくは言葉を続けた。
「俺は俺の罪さえ理解しない他人なんかの手で裁かれたくなかった。自分の処理ぐらい自分でつけるよ。だから俺は脱獄して、南がくれた銃を取り戻し、構えたんだ。こんな風にね」
これまでずっと隠し持っていたのか…黒い塊を懐から出して、せんごくは自身のこめかみに押し当てた。
「せんごく。」
自分の声が、悲鳴に聞こえた。
「だけど、きづいた。ああ、弾は全部使い切ってしまったんだ…って。おかしいだろ?…そして銃を探して迷い込んだ先で、君に出会った」
動けなかった。だからただ唇のみを動かした。
「銃を…せんごく。銃を捨てればいい!」
その凶器さえなければせんごくは、ただの弱い男だ。引き金をひこうとする指もそれだけでは、誰を殺すことも叶わない。
「違うんだ、跡部くん。俺の犯した罪というのは、南との約束を破ってしまったことだ」
構えた銃をおろし、それを胸に抱いてせんごくは、目を閉じた。
「俺は南から与えられたものを棄て、亜久津に授かった志を汚した。他の何でもなく、この手で。」
罪を犯させるのはこの心。ならば、心を切り捨てよう。
「だけどもう弾はなくて。俺は、どうやって自分を裁けばいい?もうわからないよ…」
「……お前にできないというなら、俺が裁きを下してやる──」
自らを殺した者は、神の国には行けない。
本当に裁かれようと思うならば、神の国に行こうなどと望むな。罪に塗れたお前自身を引きずって、生きてゆけ。
(2006.01.18 - サイト再録)
作品名:裁きは俺が下してやるよ 作家名:_ 消