Blessing you(英米/R15)
Blessing you 01
「どこに行かれるつもりですか!」
「ちょっとアメリカにな」
深夜のロンドン、眩い都から離れた土地にある国事の際に使われる飛行場は
静寂に包まれている。
その静寂をかつかつとリノリウムを踏みしめる音が切り裂いた。
足音は二つ。
深夜にも関わらず、航空許可をもぎ取ったイギリスは緊急時に使う飛行場へ
急ぎ足で向かっていた。
もう一つ、その後ろを必死に追いかけるのは長年イギリスに仕えている秘書官だ。
英国紳士らしくめったに取り乱さない仕事ぶりを普段は見せているのだが
今回ばかりはその仕事ぶりをかなぐり捨ててイギリスの説得にあたっていた。
「その身体ではフライトに耐えられません!そのことは一番貴方が
わかっているはずです!!」
「・・・わかっている。苦労をかけてすまないな」
何時とも変わらぬ深みのある声。
外見は息子ほどの若さであるのに彼の発する声には似つかわしくない重みが
載せられている。
それは彼が数百年、いや千数百年生きているからに他ならない。
国々の中で若いと比喩されるアメリカ合衆国ですら時折ひどく重みのある声を
出すのだから、その何倍も生きているイギリスの声が秘書官に重く響かないわけがない。
秘書官の言葉にもイギリスは歩みを止めることはなく、とうとう軍用機を待たせている
飛行場までたどり着いてしまった。
「祖国!!」
「合衆国は良き友だ。俺は友の為に労力を惜しむ気はない」
たまらず叫び追いすがる部下に振り返り、イギリスは笑う。
あまりにも痛々しい笑みに秘書官はがっくりと肩を落とした。
祖国を止められる者などこの国には女王陛下しかおられないことは理解している。
しかし、それでも止めずにはいられなかった。
目の下のどす黒い隈。
枯れ枝のようにやせ細った身体。
時折零れる乾いた咳。
毎年、この時期に祖国は苦しみぬく。
苦しみという一つの単語では表せないほど凄惨で陰惨な痛みは祖国の身体も心も
ずたずたに切り裂いていくのだ。
その苦しみの元はかつての植民地―――――今となっては世界の超大国である
アメリカ合衆国。
これほど苦しんでいる祖国がアメリカの地に降り立ったらどれほど苦しむのか。
想像するだけで身を焦がすほどの焦燥がこみ上げてくる。
「・・・ならばせめて、夜明けをお待ちいただいても」
「事態は急を要する。この時期にわざわざ連絡を寄こすくらいだ。
余程のことがあったのだろう」
受け入れられないことを承知で妥協案を提示するが、イギリスは物腰だけは柔らかに
だがはっきりと却下をした。
軍用機の傍に控えていたパイロットが祖国に敬礼を送る。
鷹揚に頷いたイギリスが秘書官に向き合った。
深緑の思慮深い瞳に見据えられてため息をつく。
止められるはずがない。わかっていた。
だが、敬愛する祖国が苦しむ姿を黙って見ていられる国民などいるはずがない。
けれど彼は知っていた。
祖国に最上の幸せを齎すのもまたアメリカ合衆国の化身である彼なのだと。
そもそもこのような時間帯にシークレットコールを使っての緊急通信など
秘書官が任に着いてから初めてのことだった。
シークレットコールが祖国の家に繋がったのはおよそ一時間前。
本邸からここまで30分だとすると祖国は電話を受けてからすぐに許可を取り
この飛行場まで駆けつけたことになる。
本来ならば起き上ることさえ難しい祖国を駆り立てるようなことがアメリカで起こったのだ。
いわば緊急事態であるのだから、出国を止める権利が一秘書官にあるはずがない。
「申し訳ございません」
ん、とイギリスは首をかしげた。
何を謝っているんだといった面持ちだ。
「差し出がましいことを申しました。お許し下さい」
「いや・・・有難いよ俺は。俺のことを心配してくれるんだ。謝ることはない」
むしろ謝罪しなければならないのは俺だな、とイギリスは呟いた。
「愛する国民にこれほど心配をかけているんだ。国として失格だろうよ」
「謝らないください。祖国を敬愛し、その幸せを願っているのは私だけはありません」
ありがとう。
しんみりとした口調で礼を口にしたイギリスは待たせていたパイロット共に乗り込む。
「祖国。・・・ご無事を」
「ああ。後は頼んだ」
二人が乗り込むとすぐに軍用機は飛び立つ。
飛び立った軍用機が闇に紛れるまで秘書官は見送り、祖国の無事を祈った。
作品名:Blessing you(英米/R15) 作家名:ぽんたろう