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whimsical love

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バレンタインデーと言えば、女性が男性に想いを伝えるための一大イベントである。
まぁ当然のことながら俺は今まで、陳腐で馬鹿げた風潮だと見下した態度を取っていたのだが。

だがしかし、である。

今の俺には、まだ付き合いだして一ヶ月にもならないシズちゃんという恋人がいるのだ。
ずっと好きだったのに殺し合いしかしたことがないという無茶苦茶な関係からやっと抜け出せたのだ。しかも、彼との関係では、その、いろいろな点において、俺の方が『女役』だと思う。

甘い物好きのシズちゃんの『彼女』として、このイベントは何としても逃したくない。

というわけであっさり180度方向転換した俺は、今日2月14日の夜、シズちゃんを自宅に呼び寄せた。

ちゃんとプレゼントは用意してある。かつてない程本気で頑張って、チョコレートクッキーを手作りしたのだ。シズちゃんって彼女の手作り料理とかに弱そうだし。ついでに晩ご飯だって二人分用意した。といっても鍋にしたから、材料切っただけなんだけど。

だがしかし、である。
そもそも俺たちが二人きりで食卓を囲むというシチュエーションが珍しい。要するに、柄にもなく緊張してしまったのだ。その挙句に妙なプレッシャーに負けてしまい、ご馳走様をし終わった瞬間にラッピングしたクッキーを渡すという痛恨のミスを犯してしまった。

―――ああ、もっと甘いムードになってから渡す計画だったのに! こんな鍋の載ったままのテーブル越しじゃなく!

そう、何を隠そう本日のバレンタイン計画における最重要ミッションは、シズちゃんとの初チューを遂行することなのだ。

……だって付き合い出したってのに、シズちゃんは全くと言っていいほど俺に触ったり迫ったりしてくれないんだよ? 中学生のお付き合いじゃないんだから。何だ、これはもしかしなくても、俺の日頃の行いが悪いのか。

そんな俺の思惑など知らず、向かいに座るシズちゃんは胡散臭そうにクッキーを眺めている。
「……お前これ、絶対毒とか入ってるだろ」
「そんなわけないでしょ。何、俺ってそんなに信用ないの?」
「あるわけがないだろ」
「いや、そこ即答するとこじゃないし」
そうか、俺が手作りするとこうなるのか。盲点だった。それにしても、恋人からのプレゼントにその反応はひどい。
「何だよもう、どうせ毒飲んだくらいじゃ死なない怪物のくせに。ていうかいっそ死ねよ馬鹿」
「黙れうぜぇ。……さすがに、毒はまだ飲んだこと無ぇと思うけどな。まぁいいや、ありがとな」

お。

おお、普通にびっくりしてしまった。
珍しく素直だ。どうしたんだ。これがツンデレなのか、そうなのか。
いや、もう何でもいい、その一言だけで苦労も暴言も全部チャラにできる。何だ、いいじゃん、バレンタインって。ああ、何だかすごく幸せな気分になってきた。あまりに幸せすぎて……

俺は、する必要のない質問を、つい、してしまったのだ。

「念のために訊くけど、まさか他の誰かからチョコなんて貰ってないよね?」

俺の言葉を聞いて、シズちゃんが動きを止めた。……まさか。
「いや……職場の人たちからは、何個か貰ったけど」

訊くんじゃなかった。
俺たちは正真正銘の両想いなのだから、もう他の奴のことなんて気にしなくていいのだ。
いや、それでも何というか、おもしろくない。非常におもしろくないぞ。

「……何で? 俺という彼女がいながら、それって酷い裏切り行為じゃない?」
「彼女とか言うな、気色悪ぃ。それに、貰ったのは職場の全員に配ってる義理チョコだけだし」
「でも、あのロシア人の女からも貰ったんでしょ?」
「何で知ってんだよ」

最悪。
あの女は絶対シズちゃんに気がある、と思う。実際、そういう情報だっていくつかキャッチしてる。
シズちゃん鈍感だからな。大体、何で素直に言っちゃうかなぁ。優しい嘘ってのも、時には必要なんだよ?
俺は、深い、深い、限りなく深い溜め息をこれ見よがしに吐いてやってから、さらに言い募る。

「ひどい。ひどすぎる。俺はか弱い可愛い女の子じゃないけど、せっかくのバレンタインだからシズちゃんのために頑張ったのに。それなのに女からのチョコをホイホイ受け取ってくるなんて、信じらんない」
そう言って、そっぽを向いてやる。
「何言ってんだノミ蟲。明らかな義理チョコを断るのもおかしな話だろうが」
「シズちゃんって、ほんっと人の気持ちとか分かんないんだね。そっか、シズちゃんって馬鹿だったっけ」
「あぁ?」

―――あれ、これじゃ本当に、男にぎゃんぎゃん噛み付くうるさい女みたいじゃん、俺。

昨日、点けっ放しにしていたドラマの中で展開されていた男女の醜いシーンを思い出して、心の中で自嘲する。それでも横を向いたまま続けてやった。

「女心なんて、尚更分かんないよね、神経図太いシズちゃんには」
「………」
あ、黙っちゃった。スイッチ入っちゃったかな?
「言っとくけど、あのロシア人の女のは、確実に義理チョコじゃないからね。普通なら情報料取るところだけど、鈍いシズちゃんのために親切に教えてあげてるんだからね」
こういう風に一方的に言葉を押しつけると、シズちゃんが苛立つのは嫌という程知ってる。
「………」
「ひょっとしたら、他の人のチョコにも本命が混ざってるかもね。良かったですね、おめでとう」

シズちゃんは完全に無言状態になってしまった。
これは確実にキレてるな。俺は右側の壁を眺めてるから見えないけど、いつも通り額に血管を浮かべているのがありありと目に浮かぶ。テーブルの一部はもう破壊されてるかも。あと少しで、鍋用のお玉か、あるいは鍋自体が飛んでくるだろう。

―――でも、それでもいい。

喧嘩して体力でも使わないと、このストレスは発散できそうもないし。ああ、本当に最悪だ、さっきはあんなに良い感じだったのに。俺はほとんど目に涙を滲ませながら、とどめの一言を言ってやる。

「そんなに女が良けりゃ、あの子とでも付き合えば?」

視界の隅で、シズちゃんの右手が持ち上がるのが見えた。
来たな、やってやろうじゃんか、まずは何を投げるつもり?
ついこの間だって喧嘩して、リモコンが壁にめり込むという事態が発生したのだ。結局いつものパターンか、と思いつつ袖口でナイフを用意する。

しかしシズちゃんは、臨戦態勢に入った俺の予想を裏切る行動を取った。
つまり、そっぽを向いたままの俺の方へ空っぽの右手を伸ばして来て、俺の左頬を一度、引っ叩いたのだ。

ぺちっ、という、聞いたこともないような可愛らしい音を響かせて。
作品名:whimsical love 作家名:あずき