ファイティング・ペロキャン
「まずこうして、まあるいペロキャンを描くやろ?」
「う、うん……」
ヒメコの手元を見て、キャプテンが微妙な笑顔でうなずく。
「ぜんっぜん丸くねえよ! ピザ切るカッターみたいな形になってるじゃねーか!」
『なるほど、”シャープな切れ”味ということで応募するのか』
「何うまいこと言ってんだよ! よく考えてみりゃアレ、シャープに切れねえし」
「でも、それなら口が切れにくくていいかもしれないわ」
「キャプテン、落ち着こう? そんな飴、危険よ? 弟さんを危険にさらしちゃうよ?」
前向きに考え始めたキャプテンを、ボッスンがあわてて現実に引き戻す。
「どこがシャープな切れ味や! どっからどう見てもペロキャンやろ!」
「その自信はどこから来るんだよ! ほら、貸してみろ」
ボッスンは、なめらかにペンを走らせてゆく。
「ボッスン、うまいわね」
『さすがボッスン、フリーハンドでも綺麗な円だ』
「で、その白い丸をどないするねん」
描いた円をさんざんに評されたヒメコが、ぶすっとして尋ねた。
「なんでそんな冷たい言い方すんの? これに好きなように色塗ればいいじゃん!」
『いや、待てボッスン。ここはあえて素材の形を残して……』
割って入ったスイッチに、ヒメコの不機嫌が飛び火する。
「素材て何や! これ、ただの丸やろが!」
『”煮玉子味”なんてどうだろう』
「キャアアア!」
過去のトラウマを刺激されたキャプテンが、頭を抱え込む。
「あいっかわらずドSだな、お前!」
「キャプテン、しっかり! お前、乙女になんてこと言うねん!」
キャプテンの肩を抱いたヒメコが、スイッチに喰ってかかった。
『悪かった、発想を変えよう。……”煮た孫味”でどうか』
「それただの誤変換やんけ!」
「グロっ! ネウロが終わったからって、グロネタ担当しなくていいんだよ!?」
『不評だな』
不本意そうでもなく、涼しい合成音声で、スイッチは応じた。
「当たり前や!」
『では、こういうのはどうだろう』
――2時間後。
まだ決定的なアイディアは出ず、4人の顔には疲労の色が濃くなっていた。テーブルにはペンに色鉛筆にハサミにテープなどの文房具や、ちゃんと描かれたハガキから、ただの落書きとしか呼べないものまでが散乱している。
「あーもう、めんどくせーよ」
畳の上ですっかりダルンダルンになっているボッスンを、ヒメコが一喝する。
「キーン言うてええ案出さんかい!」
「無理だっつうの! もう何個も案出して、疲れ切ってんだよ!」
「確かに、もう出し尽くした感じよね……」
『そろそろオレも活動限界なので、家に帰らなきゃならないんだが』
「またアニメの再放送かい!」
ヒメコのツッコミをスルーし、スイッチは『そこで、提案がある』と切り出す。
『各自ハガキを持ち帰って、出せるだけ出したらどうだろう。選考するのはオレたちではないのだから、これ以上議論しても仕方ないと思うが』
スイッチはさっさと応募ハガキをカバンに入れる。
「……そうよね。みんな、色んな案を出してくれてありがとう。私もやってみる」
キャプテンも、ハガキを何枚か持って立ち上がった。
「せやな。いざとなったらペロキャン社に殴り込めばええ話やし」
依頼主の様子を見て潮時を悟ったか、ヒメコも帰り支度を始めた。
「ヒメコちゃん、一緒に帰ろう」
「ええよ。ほな、また明日な」
『ボッスンは帰らないのか?』
「ああ、もうちょっとダルンダルンしてから帰るわ」
夕焼けに染まる部室に、ボッスンとハガキが残された。
腕枕で寝転んでいたボッスンが、やがて起き上がる。
「すげーオレンジ色。これじゃ、実際はナニ色だかわかんねーな」
ボッスンは苦笑して色鉛筆に手を伸ばし、一心に色を塗り続けた。
「オリジナルペロキャン、届いたで!」
「マジで!? つうかペロキャン作ってる会社って実在したんだな」
「お前ホンマ、ペロキャンなめとるやろ。舐めてへんけどナメとるやろ。今日やなかったら口ん中に糊流し込んでから舌抜いてるとこやで」
「なんでそんな具体的に怖いこと言うの?」
応募〆切から1ヶ月後。
大きな段ボール箱を抱えたヒメコが、息を弾ませて部室に現れた。宅配便の伝票には「優秀賞・半年分」と書かれている。
「すごい、本当に選ばれちゃうなんて! さすがスケット団ね」
部室に呼び出されたキャプテンも、頬を上気させていた。
『誰の分が選ばれたんだろう』
「開けてみてええ?」
よだれを垂らしそうな表情で、ヒメコが蓋に手をかけている。
「おう、いいぜ」
「ほな、代表して……」
全員の視線が、ヒメコの手元に集中した。ゆっくりと、その中身が見えてくる。
「わあ、キレイ!」
キャプテンが歓声を上げた。
それは、虹色に彩られたペロキャンだった。
『これは、ボッスンが送ったものだろう』
「アタシもそう思うわ」
スイッチとヒメコの指摘に、学園生活支援部の部長は、「にっしっし」と笑った。
「何味なの、ボッスン?」
「それはわかんねーんだよな。オレ、色塗って送っただけだからよ」
「ほんなら、アタシが食べてみたるわ」
さっそく1個を取り出し、ヒメコが包みを開けた。
「おっ、これイケるで! ボッスン、自分の考えたペロキャンや、遠慮せんで味わいや」
「いや、オレは……」
慌てて固辞するも間に合わず、ボッスンはヒメコに、オリジナルペロキャンを口の中へと押し込まれた。
「……おろろろろろろろろろろろろ」
「ちょぉ、何さらしとんねん!」
「大丈夫!? 私、お水持ってくるわ!」
キャプテンが差し出すコップの水を飲み干したボッスンの顔は、エメラルドグリーンになっていた。
「外見は確かにオレが考えたものだけど、中身はオレの考えてないモンスターだったぜ……」
スイッチが箱の中をのぞき、『手紙が入っている』と封筒をつまみ上げる。
『このたびは”ボクの考えたペロリポップキャンディ”にご応募いただき、ありがとうございました。(中略) 七色の部分はそれぞれ、イクラの醤油漬け味・柿の種味・カボチャの煮付け味・シメサバ味・増えるワカメ味・ナスの一本漬け味・紫キャベツ味となっております……だそうだ』
スイッチが読み上げる内容を聞き終えたボッスンの顔は、オリーブ色になっていた。
「盛りだくさんやな!」
「味のデパートよね」
「だから、味に関してはオレの責任じゃねーし……」
女子2名の賛辞に、発案者は弱々しく反論した。
「褒めてるんやし、そない謙遜せんかてええやんか」
「謙遜じゃねーよ、全力で拒否してんだよ!」
ボッスンが瀕死で必死になっていると、スイッチが『続きがあった』と手紙から目を上げた。
「うん、ナニナニ?」
興味津々のヒメコの視線を受け、スイッチはひとつうなずいて続けた。
『”なお、ご好評につき、このキャンペーンは第2回が行われることとなりました。奮ってご応募下さい”』
気を失ったボッスンの顔は、ビリジアンになっていた。
作品名:ファイティング・ペロキャン 作家名:ゆふ