キミに愛を、キミの名に祝福を
「ポーランド、おめでとう!」
玄関を開けた途端、視界いっぱいに広がる花束。
「……えっ? ちょっ……いきなりなんよ?」
むせかえるように香る花束の向こうに、リトの顔がのぞいた。
「リト? え、どうしたんよ、急に!」
あまりにも突然のことすぎて、反応に困る。
「……ありがと」
差し出された花束をとりあえず受け取ると、リトが満足そうに笑った。
「よかった、家にいて。どこかに行っちゃってたらどうしようかと思った」
機嫌よく笑いながら、開けたドアをすり抜けて、リトがウチにあがる。
なにがなんだかわかんなくて呆然とする俺をほったらかして、リトはウチのキッチンに入った。
「リト?」
抱えるほどの花束を持って、リトの後を追う。
俺の顔よりも大きい、バラの花束。
いきなりなんなん? 俺なんかした?
「リト!」
キッチンに入ると、リトはウチに置いているエプロンをつけて、慣れた手付きでケーキを作り始めていた。
「ポー、ケーキ焼くから、ちょっと座って待っててよ」
「違くて! なんで? いきなり、なんなんよ?」
いきなり来て、花束くれて、ケーキ焼いて、って……。急なことに頭がついていかない。
今日って俺の誕生日だっけ? いや、そしたらもっと国中で騒いでるはずだし、今日はワルシャワも静かだし。大体、俺の誕生日は来週だし。
クリスマスは今日じゃないし、バレンタインでもない。
誕生日間違えてるん? でも、リトがそんなこと間違うはずもないし…。
「わけわからんし!」
困惑して戸惑う俺を見て、リトは少しだけ困ったように笑った。
「ポー……。自分の『名前の日』、忘れたの?」
「えっ?」
「今日、ポーの『名前の日』じゃない。カレンダー見てみなよ」
言われて、壁にかけられたカレンダーの元に走る。
カレンダーの今日の日付には、「Felix」の文字が小さくプリントされていた。
「あっ……」
「自分の誕生日に一番近い『名前の日』を祝うのって、ポーのとこでも習慣じゃなかったけ?」
「……忘れてたし」
言われて、ようやく意味がわかった。
今日、俺の『名前の日』だし。
「やっぱり忘れてた。何も言ってこなかったからおかしいなって思ったんだけど、ポーのとこのカレンダー見たら今日が『名前の日』だったから、慌てて準備してきたんだ。花束と、ケーキ。一緒にお祝いしなきゃね」
「そのために、わざわざ来たん?」
「当たり前でしょ。まさか本当に忘れてるとは思わなかったけどね」
まったくもう、と小さく息をついて、リトは俺の頭に手を乗せて、
「おめでとう、フェリクス」
と、柔らかく微笑んだ。
食卓に飾られた薔薇の花束に、リトが焼いてくれたケーキ、お菓子がずらりと並ぶ。
「やっと準備できた……。さ、ポーも座って」
「ん……」
急に準備したとは思えない、豪華なパーティになった。
リトが用意してくれたものは全部俺の好きなものばっかりで、どこを見ても、嬉しい気持ちにしかならない。
……いかんし、ちょっと泣きそうになってきたし。
「ポー? どうしたの?」
なんて言っていいかわからんくて、目を伏せる。
「リト……俺、名前の日って、祝ったことないんよ」
「え……?」
暗い声にならないように気をつけて、顔をあげる。
不思議そうに俺の顔を見るリトの顔がなんだかおかしくて、ちょっと笑った。
「……なぁリト。俺たちの名前って、誰がつけたと思う?」
「えっ? うーん……自分で自分につけた人もいるみたいだけど、俺とポーは違うよね」
「自分でつけた覚えなんてないし、気が付いたら持ってたんよ。そもそも、なんで俺たちに人間名があるかとか、ようわからんし」
「国民の名前でもっともポピュラーなものだったり、人数が多い名前だったりするみたいだけど……仕事する上で便利だからとか、人間名が必要な時に使うためにとか、色々あるよね」
「そう、だから、ちょっとなんか祝いにくいんよ」
俺の言葉に、リトは首をかしげる。
なにが言いたいのかわからん、って感じの顔。
リトのそういう顔、ちょっとおかしくて好きだし。
「俺、名前って、神様からの贈り物だと思うんよ」
「そうだね、洗礼名とかまさにそうだもんね」
「……俺たちの名前って、神様から与えられたもんと同じなんかな?」
「……?」
「自分たちで勝手に名乗ってたり、いつの間にかついてたりって、そんなん違くね? ちゃんと人間みたいに、両親からの祈りとか、願いが篭められてつけられるもんなんだったら、いいけどさ」
「……うん」
「だから俺、今まで自分の名前の日って祝ったことなかったんよ。他のフェリクスの名を持つみんなと一緒に祝うの、なんか悪くって……」
「そうだったんだ……忘れてたわけじゃなかったんだね」
「ん……」
『名前の日』は、自分に与えられた名前と同じ聖人を祝う日で、
自分の名前に感謝し、自分に与えられた名前に篭められた思いを確認する日だ。
それなら、ますます俺たちにとって、縁が遠い。
誰につけられたのか、何のためにあるのか、長い長い歴史の中で誰も覚えてないのに、
俺の持つ名前は、
フェリクスの名の持つ意味は。
「フェリクス、って、ラテン語で幸福って意味なんよ」
フェリクス・ウカシェヴィチ。
国の俺に与えられた、人間としての名前。
その名は、ラテン語で「幸運」の意味を持つ。
「おかしくね? 国の俺に、そんないい意味の名前ついてんのって」
名前。俺に与えられた名前。
幸運の名を持つ名前。
それは、誰かが俺にくれた、祈りのように思えて。
まるで、国である俺にも、人間の子が両親から願われてつけられた、希望のように思えてしまって。
「そんなの、わけもわからず祝うには、ちょっと重いじゃんね」
俺たち国は、国民の思いや風土や、文化が形をなしたもので、
人間に近い姿は、いうなれば「国の妖精」みたいなものなんだと思う。
人のようで人ではなく、国としての形、思い、歴史。
そういうものが俺ならば、
「俺」そのものに与えられた名前は、ちょっと重たい。
「誰が「俺」に幸運を祈るんよ、って感じだしー」
暗くなりそうになる言葉を明るめに笑い飛ばしたつもりだったのに、リトは真剣に俺を見つめた。
玄関を開けた途端、視界いっぱいに広がる花束。
「……えっ? ちょっ……いきなりなんよ?」
むせかえるように香る花束の向こうに、リトの顔がのぞいた。
「リト? え、どうしたんよ、急に!」
あまりにも突然のことすぎて、反応に困る。
「……ありがと」
差し出された花束をとりあえず受け取ると、リトが満足そうに笑った。
「よかった、家にいて。どこかに行っちゃってたらどうしようかと思った」
機嫌よく笑いながら、開けたドアをすり抜けて、リトがウチにあがる。
なにがなんだかわかんなくて呆然とする俺をほったらかして、リトはウチのキッチンに入った。
「リト?」
抱えるほどの花束を持って、リトの後を追う。
俺の顔よりも大きい、バラの花束。
いきなりなんなん? 俺なんかした?
「リト!」
キッチンに入ると、リトはウチに置いているエプロンをつけて、慣れた手付きでケーキを作り始めていた。
「ポー、ケーキ焼くから、ちょっと座って待っててよ」
「違くて! なんで? いきなり、なんなんよ?」
いきなり来て、花束くれて、ケーキ焼いて、って……。急なことに頭がついていかない。
今日って俺の誕生日だっけ? いや、そしたらもっと国中で騒いでるはずだし、今日はワルシャワも静かだし。大体、俺の誕生日は来週だし。
クリスマスは今日じゃないし、バレンタインでもない。
誕生日間違えてるん? でも、リトがそんなこと間違うはずもないし…。
「わけわからんし!」
困惑して戸惑う俺を見て、リトは少しだけ困ったように笑った。
「ポー……。自分の『名前の日』、忘れたの?」
「えっ?」
「今日、ポーの『名前の日』じゃない。カレンダー見てみなよ」
言われて、壁にかけられたカレンダーの元に走る。
カレンダーの今日の日付には、「Felix」の文字が小さくプリントされていた。
「あっ……」
「自分の誕生日に一番近い『名前の日』を祝うのって、ポーのとこでも習慣じゃなかったけ?」
「……忘れてたし」
言われて、ようやく意味がわかった。
今日、俺の『名前の日』だし。
「やっぱり忘れてた。何も言ってこなかったからおかしいなって思ったんだけど、ポーのとこのカレンダー見たら今日が『名前の日』だったから、慌てて準備してきたんだ。花束と、ケーキ。一緒にお祝いしなきゃね」
「そのために、わざわざ来たん?」
「当たり前でしょ。まさか本当に忘れてるとは思わなかったけどね」
まったくもう、と小さく息をついて、リトは俺の頭に手を乗せて、
「おめでとう、フェリクス」
と、柔らかく微笑んだ。
食卓に飾られた薔薇の花束に、リトが焼いてくれたケーキ、お菓子がずらりと並ぶ。
「やっと準備できた……。さ、ポーも座って」
「ん……」
急に準備したとは思えない、豪華なパーティになった。
リトが用意してくれたものは全部俺の好きなものばっかりで、どこを見ても、嬉しい気持ちにしかならない。
……いかんし、ちょっと泣きそうになってきたし。
「ポー? どうしたの?」
なんて言っていいかわからんくて、目を伏せる。
「リト……俺、名前の日って、祝ったことないんよ」
「え……?」
暗い声にならないように気をつけて、顔をあげる。
不思議そうに俺の顔を見るリトの顔がなんだかおかしくて、ちょっと笑った。
「……なぁリト。俺たちの名前って、誰がつけたと思う?」
「えっ? うーん……自分で自分につけた人もいるみたいだけど、俺とポーは違うよね」
「自分でつけた覚えなんてないし、気が付いたら持ってたんよ。そもそも、なんで俺たちに人間名があるかとか、ようわからんし」
「国民の名前でもっともポピュラーなものだったり、人数が多い名前だったりするみたいだけど……仕事する上で便利だからとか、人間名が必要な時に使うためにとか、色々あるよね」
「そう、だから、ちょっとなんか祝いにくいんよ」
俺の言葉に、リトは首をかしげる。
なにが言いたいのかわからん、って感じの顔。
リトのそういう顔、ちょっとおかしくて好きだし。
「俺、名前って、神様からの贈り物だと思うんよ」
「そうだね、洗礼名とかまさにそうだもんね」
「……俺たちの名前って、神様から与えられたもんと同じなんかな?」
「……?」
「自分たちで勝手に名乗ってたり、いつの間にかついてたりって、そんなん違くね? ちゃんと人間みたいに、両親からの祈りとか、願いが篭められてつけられるもんなんだったら、いいけどさ」
「……うん」
「だから俺、今まで自分の名前の日って祝ったことなかったんよ。他のフェリクスの名を持つみんなと一緒に祝うの、なんか悪くって……」
「そうだったんだ……忘れてたわけじゃなかったんだね」
「ん……」
『名前の日』は、自分に与えられた名前と同じ聖人を祝う日で、
自分の名前に感謝し、自分に与えられた名前に篭められた思いを確認する日だ。
それなら、ますます俺たちにとって、縁が遠い。
誰につけられたのか、何のためにあるのか、長い長い歴史の中で誰も覚えてないのに、
俺の持つ名前は、
フェリクスの名の持つ意味は。
「フェリクス、って、ラテン語で幸福って意味なんよ」
フェリクス・ウカシェヴィチ。
国の俺に与えられた、人間としての名前。
その名は、ラテン語で「幸運」の意味を持つ。
「おかしくね? 国の俺に、そんないい意味の名前ついてんのって」
名前。俺に与えられた名前。
幸運の名を持つ名前。
それは、誰かが俺にくれた、祈りのように思えて。
まるで、国である俺にも、人間の子が両親から願われてつけられた、希望のように思えてしまって。
「そんなの、わけもわからず祝うには、ちょっと重いじゃんね」
俺たち国は、国民の思いや風土や、文化が形をなしたもので、
人間に近い姿は、いうなれば「国の妖精」みたいなものなんだと思う。
人のようで人ではなく、国としての形、思い、歴史。
そういうものが俺ならば、
「俺」そのものに与えられた名前は、ちょっと重たい。
「誰が「俺」に幸運を祈るんよ、って感じだしー」
暗くなりそうになる言葉を明るめに笑い飛ばしたつもりだったのに、リトは真剣に俺を見つめた。
作品名:キミに愛を、キミの名に祝福を 作家名:せらきよ